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2024年12月

100年カエル館再開の今年大変お世話になりました

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2024年も本日が最終日。本年、100年カエル館は再開を果たすことができました。限定的な開館ではありますが、遠くからも会津・喜多方にある本館にお越しいただきましたこと心から御礼申し上げます。

また、6月の松本かえるまつりへの出店(あいにくの雨でしたがポストカードを焼きそばのプラスチックパックを使用して販売しました)、9月の京都での「カエルアートマン展」(関西にお住まいのカエル好きの皆さまとカエルについてお話できました)、そして10月のカエ~ル大学登校日イベント(広島大学教授の三浦郁夫氏をお迎えしての講座と、今年喜多方ー京都ー喜多方と巡った「カエルアートマン展」のギャラリートーク)でも、ご参加の皆さま、ご協力をいただいた皆さまに感謝申し上げます。

2025年もどうぞよろしくお願いいたします。

展示用のカード立てを購入した日本橋の業務用品のお店で待っていてくれた「カエルのゲーリー」。 

100年カエル館&カエ~ル大学

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「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

「コトバデフリカエル」https://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru

 

 

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伊豆でワシととても仲がいいヒキガエルに出会いました。

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<カエルが教えてくれる伊豆半島のこと>

今年12月のはじめ、2022年に続き“伊豆のカエル旅”に出かける機会がありました。今回も沼津在住の友人Mさんご夫妻のご案内で実現した小旅行です。

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最初に訪れたのは「伊豆半島ジオパーク」。日本全国でジオパークは今とても人気があり、日本列島は恐竜がまだ生きていた時代、ユーラシア大陸の東端の縁の部分が、やがて(約2500万年前頃)プレートの沈み込みの影響で火山活動が激しくなったことで割れて、離れて、移動してできたことにロマンを感じる人も多いのではないでしょうか。

そんな日本の成り立ちにおいて、伊豆は現在の小笠原諸島南部の硫黄島あたりにあった海底火山群がフィリピン海プレートにのって北に移動し100万年ほど前に本州に衝突して現在のような半島の形になったことが館内のジオシアターで解説されていました。「半島となってから約20万年前までは、陸上のあちらこちらで噴火が起き、天城山(あまぎやま)や達磨山(だるまやま)といった現在の伊豆の骨格を形づくる大型の火山ができた」そうです。伊豆のうつくしい景観や温泉はその地質学的現象の恩恵といえるのでしょう。

そして、カエル。静岡県には20種のカエルが分布していますが、そのうちの2種、ニホンアカガエルとネバタゴガエルは伊豆地域には分布していないそうです。ほぼ本州全域に生息しているモリアオガエルは斑紋のあるものとないものがいますが、静岡県に生息しているのは有斑型(因みに福島県のモリアオガエルは主に太平洋側の方は有班型、会津地方は無班型)。静岡県のカエルで興味深いと思うのは、隣接する神奈川県との違いで、静岡県に分布しているトノサマガエルとナゴヤダルマガエルは神奈川県には生息しておらず、その替わりに近縁のトウキョウダルマガエルが生息しています。生物地理学的にひじょうに重要な地域と考えられています。

<修善寺のカエルはカジカガエルかダルマガエルか>

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今回の小旅行はMさんが「修善寺でカエルを見つけた」と知らせてくださったことから計画されました。それはなかなか見れない貴重なカエル。なぜなら年に1回10日間ほど公開される修善寺庭園にある池の石の上にいるからです(写真)。まだ紅葉を楽しむことができる最高のシチュエーションでそのカエルを見ることができました。石と同化した色のカエルはカジカガエルのようでもありますが、鳴き声を発しないその姿を発見してくださったMさんに感謝でした。

この庭園は明治38年に小松宮彰仁親王の別邸を移築した際に、達磨山山麓からの水を引き、大小の岩を積んで滝や池を造り、背後にある山を借景とした回遊式庭園として造営されたそうです。地形を活かした高低差のある庭園で散策するだけで山の風情が感じられ、高所から見える池のカエルは達磨山だけにダルマガエルかもしれないと思えました。

<ワシとカエルは平和と繁栄のシンボル>

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次にMさんのご案内で訪ねたのは上原美術館。美術館の広いアプローチの本館の右手に、今まさに鷲に襲われそうなヒキガエルがいました(写真)。しかしこの2種、ここでは天敵の関係ではなく大正製薬株式会社の発展に力を尽くした上原正吉・小枝夫妻を顕彰するために建立された石像のワシとヒキガエルです。上原夫妻の像の隣に据えられていて(写真)、大正製薬といえばワシのマークの「鷲」で発展のシンボル、そして昭和60年に刻まれた碑文の説明によれば夫妻はヒキガエルも「財をひき、客をひき、幸運をひく」として崇めていたと書かれています。制作は彫刻家の富永直樹氏(1913―2006)で、富永氏が東京美術学校(現東京芸術大学)時代、同じ長崎出身で後に長崎平和祈念像の制作者となる北村西望に師事したことを考えると、ワシとカエルで平和を願っているようにも感じられます。

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同敷地には手に魚を入れた籠を持つ海の守護神、魚籃観音が上原夫妻の寄贈で建立されていますが、その足元の滝の流れる池にも大きな石像のヒキガエルや信楽焼の蛙が据えられていました。「大正製薬の繁盛はひき蛙のおかげ」とする昭和62年に刻まれた碑文は上原小枝当時名誉会長のものでした。

人にもカエルにも大切な里山を求めて>

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さらにMさんが「ワシとヒキガエルはここにも」と立ち寄ったのが「里山の別邸 下田セントラルホテル」。大正製薬のグループ会社が運営するホテルです。フロントの責任者のYさんのご案内で館内に展示されているワシとヒキガエルの木彫(写真)と、お庭をはじめ館内至るところに飾られた信楽焼のカエルを見せていただきました。カエルといえば里山に生息する生きものの代表でもあるので、昔なつかしい信楽焼のガマ(このあたりならアズマヒキガエル)がそこかしこに見られる空間はまさに里山の別邸と呼ぶにふさわしい環境だと思いました。

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小旅行の最後はカエルグッズのおみやげ。同ホテルのショップで購入した2匹のカエルさんは、まさに上原夫妻のようでした。

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