文化・芸術

■「鳥獣戯画」についてのカエル好きの空想

Photo

 ❶鳥獣戯画丙巻より(写真協力 栂尾山高山寺)

益々関心が高まる「鳥獣戯画」

国宝「鳥獣戯画」に、カエルがウサギやサルと共に出番が多く、いきいきと活躍する様子が描かれていることは、カエル好きにとってこの上ない幸せです。

2015年には、東京国立博物館で特別展「鳥獣戯画ー京都・高山寺の至宝ー」が開催されました。足を運ばれた方も多いのではないでしょうか。平安末期から鎌倉初期に描かれた絵巻「鳥獣戯画」は、現在、4巻のうち甲巻と丙巻を東博で、乙巻と丁巻を京都国立博物館で寄託保管されています。京博では、2014年に「国宝 鳥獣戯画と高山寺」と題した展覧会が行われました。東西の国立博物館で時間を置かずに開催された「鳥獣戯画」展の見どころは大きく2つあったと窺えました。

そのひとつは、経年劣化が進んだこの絵巻に2009年から2013年3月まで朝日新聞文化財団の助成による平成の大修理が行われ、その完成報告としての4巻のお披露目。特に、その修理によって20枚の紙がつながって1つの巻を成していると見られていた丙巻が、元々は10枚の紙の裏表に人物画と動物画が描かれていたと解釈できる知見があったことです。

この解釈については、2011年に上野動物園にて100年カエル館が企画運営したトークイベント「日本美術に登場したかえるとかえるの擬人化」(主催 公益財団法人東京動物園協会、AArk、かえる文化研究所)で、この修理に関わった元京都国立博物館学芸部列品管理室長で絵巻の研究家の若杉準治氏の講演の中で紹介していただきました。(※この講演の内容は拙著『かえるる』の中に収録していますので、ご参考いただければ幸いです。)

「鳥獣戯画」のカエル好き的解釈をしてみますと……

もうひとつの大きな見どころは、この絵巻を京都・栂尾にある高山寺の寺宝のひとつとして、そこに伝わる同寺中興の祖、明恵上人ゆかりの文化財の数々とともにその世界を堪能できる点でした。

「鳥獣戯画」に対する興味の多くに、これを今や漫画やアニメの大国とされる日本の創造力のルーツと見て、改めてそこに何が描かれているのか検証する視点があると思います。ここ数年で発行されたこの絵巻に関する出版物もその点にスポットを当てたものがいろいろと見られたように思います。

しかし、最近は、そうした流れにあっても、時代を超えて見る人を楽しませる力のあるこの絵巻を誰が(絵巻4巻は時代をまたいで描かれ、筆致の違いなどから複数の作者の手になるものということは周知の事実になったので、むしろどういう立場の人が)、どういう目的で描いたのか、そこに興味を抱く人も増えているように思えます。

そこでこれまではあまり直接結びつけて語られることのなかった、明恵上人との関係の中でこの絵巻を捉えてみるという狙いが、東西の国立博物館で行われた「鳥獣戯画展」にはあったのではないかと拝察しています。

そんな折に、筆者もカエル好きの視点から、この絵巻について思うところがありましたので、戯画の中で遊ぶカエルの空想論としてお読みいただければ幸いです。

ここに掲載した画像❶は、同絵巻の平成の大修理で発見があった丙巻の最後に、ヘビとカエルが登場するシーンです。詞書がないので実際はどういう意図でこのシーンに至っているのかわからないのですが、「鳥獣戯画」についての出版物の多くは、そこに至るまで擬人化されてきたカエルが、ヘビの登場で天敵を怖れるその正体を表している、といった解説が付されています。

古い絵巻なので全体にシミ、ヨゴレ、ハガレが絵の墨線に影響しているところが多々あるのですが、このシーンに描かれているヘビのしっぽもシミのためか途切れているように見えます。筆者はこれを紙の劣化によるものではないのではないかと見てしまいました。

もし途切れた先に続けて描かれている部分が、ナメクジだとしたら・・・・・・。ヘビはナメクジが通った跡を避けるとか、その跡を通ると消えるといった通説もあったようなので、このシーンはカエルとヘビとナメクジが登場して「三すくみ」を表現しているのではないか、と思ったのです。

ヘビ(ヤマカガシでしょうか?)も逃げの姿勢をとっているように見えなくもない。もちろん、周囲の意見を聞けば、ヘビのしっぽの部分の線が消えているだけに見えると一蹴されるのですが、コレクターの性分か、「鳥獣戯画」と三すくみを結び付ける情報を集めないではいられなくなりました。

日本人の文化遺伝子としての三すくみ

さて、三すくみ(三竦み)とは? 『世界大博物図鑑③両生爬虫類』(荒俣 宏著 平凡社刊)によると、その起源はインドネシアやベトナムの昔話に遡ります。中国ではカエルとヘビとムカデで三すくみを成すと考えられていたようです。それが江戸時代初期に日本に入り、蛙と蛇と蛞蝓(なめくじ)の関係を、蛙は蛇に、蛇は蛞蝓に、蛞蝓は蛙に弱く身が竦むので動きがとれなくなる関係として伝えられています。

江戸時代には、歌舞伎の「児雷也」に描かれるガマの妖術とともに「三すくみ」がストーリーのベースになっていて、その演目の宣伝のための浮世絵をはじめ、葛飾北斎の絵「三竦の図」にもあるように絵師がそれをモチーフに描く機会も多かったと言えるでしょう。また、東京タワーの近くにある浄土宗寺院の宝珠院には、明治時代以前に作られたと見られるカエルとヘビとナメクジ、それぞれの石彫があり、明治時代に幼少期を過ごした小説家の中 勘助(なか かんすけ)はその作品『銀の匙』に、自身が遊んだと思われる三すくみの玩具のことを書いています。

明治以前、日本人の生活の中で「三すくみ」はとても身近な言葉だったと考えられます。

では、平成の今を生きる私たちの生活の中で「三すくみ」が使われることはなくなってしまったのでしょうか。

メディア報道等でこんな話題を見つけたことがあります。「フレミング」と言われると日本人は印を結ぶように三本の指を差し出すことが海外のSNSを通して都市伝説のように言われているのだそうです。日本では、他によく知る「フレミングさん」がいないので、すぐにフレミングの「電流と磁場に関する法則」と結びつくということはあると思うのですが、筆者はそのポーズに日本人が昔々、指を使って行った「虫拳」という、ジャンケンの元となる三すくみ拳の文化遺伝子が生きているからではないかと想像しました。

因みに、フレミングの法則の場合、親指と人差し指と中指を使いますが、虫拳は、親指でカエルを、人差し指でヘビを、そして小指でナメクジを示します。この三すくみが「鳥獣戯画」の謎を解く鍵になりはしないかと思ったのです。

「鳥獣戯画」に見る三すくみ

改めて三すくみについて調べようとすると、なかなか文獻を見つけられませんでした。たまたま手にした1冊が、オーストリア出身の日本学者、セップ・リンハルト氏が日本語で著した『拳の文化史』(1998年発行、角川叢書)です。

拳とは、前述した虫拳のように3つの強弱関係、つまり三すくみから勝負を決める遊びで、リンハルト氏の著書を読むと虫拳以外にももっと多様な遊び方の形態があったようですが、今一般に伝わっているのがジャンケンということになります。

もちろん、今では英語圏にもジャンケンは伝わっていて、日本語のグー・チョキ・パーをそのままRock(岩)・Scissors(鋏)・Paper(紙)と英訳して行われるようですが、簡単に勝負をつけたいときに使うのはコインの裏表。リンハルト氏は同書執筆の動機として、30年以上も日本研究をしてきてジャンケン遊びをしたことのない日本人に会ったことがないと書き、「三竦みの思想を深層で内面化している」日本人にいたく興味をもったようでした。

この辺りの着目のしかたは、「フレミング」という名前に、3本の指で反応する日本人に対する海外の人のおもしろがり方に似ていて、「三すくみ」が日本人特有の文化的な遺伝子とつながるものである可能性を感じます。

そして、その元を辿れば「鳥獣戯画」の世界に行き着くのではないかというのが、今回、「カエル」に導かれるように空想したことです。

この絵巻には、動物画として当時日本にはいなかった象をはじめ、豹、獅子、虎、獏、青竜など、想像上の動物も含め中国伝来の仏教画像として異国の動物たちが描かれています。また、人物画には、さまざまな遊びのシーンが描かれるなかに、発祥が中国も根強い囲碁をしている人々も見られます。

『拳の文化史』によれば、中国の五代(907~960)の後漢時代には、すでに三竦み拳に似ている拳遊びが酒宴の席で行われていた記録があります。10世紀末に成った『五代史』の中に、日本に伝わった拳の模範になったものの記録もあるので、この遊びは9世紀の唐代にもあったと推定でき、7~9世紀に大陸の文化を輸入するために派遣された遣唐使が拳を知る機会はたくさんあっただろうと推論しています。この絵巻に描かれた遊びの中に、拳が入り込んでいる可能性も高いと想像できます。

しかし、その「拳」も含む遊びを紹介することだけが「鳥獣戯画」の目的ではないとしたら、その遊びも日本流に浸透した12世紀、時はまさに平安から鎌倉への転換期、「三すくみ」的発想を子どもも含めた人々にわかりやすく教える目的がこの絵巻にあったと考えることはできないでしょうか。

この絵巻で今なお最も人気のあるカエルとウサギとサルが中心になって繰り広げるシーン。弓や相撲などいろいろな競技を行っているなかで、最終的には勝者、敗者がなく皆平等に描かれている点も、強者弱者を内包した三すくみに通じる自然界の生態系が、争いを避ける仏教的な知恵につながっていると見ることはできないでしょうか。

「鳥獣戯画」と自然界の知恵

高山寺は明恵上人ゆかりの真言密教の寺院であり、真言密教の開祖、空海につながります。

そして、拳も密教に深く関わっていることが、今回、「鳥獣戯画」と三すくみについて考えて知ることができました。山伏が山に入るときに自分を守る言葉を唱えながら拳のように手で何かを表現することがあったといいます。

密教には三密という3つの行為があり、「身密」は手に印を結ぶ、「口密」は口に真言を唱える、「真密」は心に本尊を観念することだそうです。この3つが「鳥獣戯画」の中のカエルやサルの行動(画像❷❸)に表現されているように思えました。

三すくみは、自然界における食うか食われるかの関係にも通じる、命がけのきびしい考え方に基づいているのかもしれません。その中には諦めもあれば、敗者復活のチャンスもある。巡り巡ってバランスが保たれるマクロコスモス的視野を感じます。

今も「鳥獣戯画」に日本人が魅かれるのは、この絵巻に自然との共生を願う三すくみの知恵が生きているからではないでしょうか。

Photo

❷印を結んでいるようにも見えるカエルの御本尊と真言を唱えているようなサルの僧正(甲巻より)  

Photo_2

❸人間の僧侶がお経を上げるときの御本尊もカエルに見えないことはない(丁巻より)

(写真協力 栂尾山高山寺)

 (本稿は、日本両生類研究会発行の「両生類誌」No.27に掲載した内容に加筆修正しております。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※新刊『ときめくカエル図鑑』(山と渓谷社刊 文・高山ビッキ 写真・松橋利光)販売中です。どうぞよろしくお願いします。

Photo

-----------------------------------------------

<関連サイト>

「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

※Webミュージアムでは2011年に福島県立博物館で開催した「喜多方『100年カエル館』コレクション展」を画像でご覧いただいております。

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

「コトバデフリカエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru ※エッセイで時代をふりかえるサイトです。

カエル大学通信 www.mag2.com/m/0001378531.html 

※『かえるる カエルLOVE111』(山と渓谷社)全国の書店等で販売中です。

 

Cover_obiariweb

 

|

■「江戸妖怪大図鑑」に見る江戸時代の“カエル文化”の豊かさ

Photo

現在、太田記念美術館(東京・原宿)では、「江戸妖怪大図鑑」と題した浮世絵展を開催中(~2014年9月25日)です。同展は、期間を第1部の「化け物」、第2部の「幽霊」、第3部の「妖術使い」に分けて開催されています。

すでに終了した「化け物」の展示には、歌川貞秀や歌川国芳による「源頼光館土蜘蛛妖怪図」の中に、カエルが登場していました。謡曲『土蜘』で知られる、熱病に伏す源頼光の屋敷に土蜘蛛の妖怪が現れるシーンを主題に、貞秀も国芳も典拠にはない妖怪たちを描いています。貞秀の絵にはナメクジと相撲をとるカエルが・・・・・・。行司がヘビなので三すくみになり、三者動けず相撲が始まらない滑稽さがにじみ出ています。国芳の絵には、二手に分かれて合戦をする化け物たちのなかにカエルもいます。また、薬と病気の合戦を擬人化した「よくきく薬種」(関斎)には、労咳を倒している蛙の黒焼きが描かれています。

しかし、カエル好きのための最大の見せ場はこれからです。8月30日(土)から始まる第3部の「妖術使い」。武者絵や役者絵として描かれた天竺徳兵衛、平太郎良門と滝夜叉姫、児雷也といった蝦蟇の妖術使いとともに、これでもかというほどたくさんのカエルと遭遇できそうです。

掲載した画像は歌川芳虎「肉芝仙人より妖術を授かる図」(個人蔵)です。真ん中に座るのが蝦蟇の精霊である肉芝仙人。妖術を授かっているのは平将門の遺児平良門(右)。左はその仲間伊賀寿太郎。合戦を繰り広げる蝦蟇たちが何やら楽しそう(にも見えます)。

これ以外に展示された30点以上の作品にカエルが描かれ、しかも作品によっては妖術によって小石や懐紙がカエルに変えられている様子が描かれているので、カエルの数は相当なものになるでしょう。

妖怪とカエル(特にガマ=ヒキガエル)がもつ共通性は、一種の不気味さということになるでしょうか。もしかすると、それらは明治以降、前近代的なものとして排除されて行ったのかもしれません。けれども、今回の展示などを通して改めてガマをはじめとする妖怪たちの姿を目にすると、現在人気のあるゆるキャラに通じる愛らしささえ感じます。それを描いた江戸の絵師たちが、本来の画題や意図とは別に妖怪を描くことを楽しんでいたのではないかと想像してしまいます。そして、カエルは妖怪表現に欠かせないモチーフだったとすると、江戸後期には豊かな“カエル文化”が花開いていたということができるかもしれません。(高山ビッキ)

※参考文献:『江戸妖怪大図鑑』(太田記念美術館発行)

※画像提供:太田記念美術館

「江戸妖怪大図鑑」展

第3部 妖術使い 2014年8月30日(土)~9月25日(木)

太田記念美術館(〒150-0001東京都渋谷区神宮前1-10-10)

お問い合わせ:03-3403-0880

www.ukiyoe-ota-muse.jp/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※新刊『ときめくカエル図鑑』(山と渓谷社刊 文・高山ビッキ 写真・松橋利光)販売中です。どうぞよろしくお願いします。

Photo

-----------------------------------------------

<関連サイト>

「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

※Webミュージアムでは2011年に福島県立博物館で開催した「喜多方『100年カエル館』コレクション展」を画像でご覧いただいております。

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

「コトバデフリカエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru ※エッセイで時代をふりかえるサイトです。

カエル大学通信 www.mag2.com/m/0001378531.html 

※『かえるる カエルLOVE111』(山と渓谷社)全国の書店等で販売中です。

Cover_obiariweb

|

■塔とカエルの文化的関わり、そして東京タワーエッセイコンテスト

 俳人沢木欣一(1919-2001)は「蟇(ひきがえる)バブルバベルと鳴き合えり」という句を遺しています。確かに、イソップの昔から牛に負けまいとお腹を大きく膨らまして結局破裂したカエルを思うと、天に届くほどの高さをめざしたが最後は崩れたバベルの塔は、カエルの存在の一面に通じるような気がします。

人間を遥かに超える大きさの塔と、人間の足元にも及ばない大きさのカエルですが、カエル文化を探ってみると塔とカエルの間には文化的な関わりを見てとることができます。

塔とカエルの文化的関わりについて

● 塔はそもそも天と地を結んで立つ柱であり、その周囲には神をめぐるさまざまな物語が生まれたという文化的意味があります。そして、カエルは中国の神話では雷神の息子とされ、天と地を結ぶ役割があったことを考えると両者は通じ合うような気がします。

● 塔は国土の創生に欠かせないもので、それが柱で表現されるとしたら諏訪大社の御柱祭などはその象徴的な神事であります。ちなみに諏訪大社では、毎年元旦に「蛙狩り行事」を行い、その年の吉凶を占います。

●塔は道柱でもあり、東西南北各方位を守り、交通路の目印となる標識の役割もあります。カエルを使い神とする猿田彦は国つ神であり、各方位の魔よけをする道祖神でもあります。その天狗のような高い鼻は塔を思わせるものがあります。

●四方を守るという意味では、古代中国の地震計、ネイティブアメリカンのトーテムポールにカエルの造形が使われているものがあり、人々に危険を知らせる役割がありました。

そして、現代、日本の塔としてもっとも親しまれている東京タワーには「タワー神社」があり、伊勢神宮から天照大神の御心霊を受け祀っています。天照大神の孫のニニギノミコトが降臨したときに道案内をしたのが、カエルを使いとする猿田彦大神です。

さて、皆さんは東京タワーにどんな思い出やうんちくをお持ちですか。東京タワーでは今年2013年、開業55周年を記念してエッセイコンテストを開催中です。

Tokyozahyou

※詳しくは東京タワーHP 

http://www.tokyotower.co.jp/essay

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※新刊『ときめくカエル図鑑』(山と渓谷社刊 文・高山ビッキ 写真・松橋利光)販売中です。どうぞよろしくお願いします。

Photo

-----------------------------------------------

<関連サイト>

「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

「コトバデフリカエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru ※エッセイで時代をふりかえるサイトです。

「キモノ・二・キガエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kimonokigaeru  ※ゆかたやキモノ着用で優待割引のある施設をご紹介するサイトです。 

※『かえるる カエルLOVE111』(山と渓谷社)全国の書店等で販売中です。

Cover_obiariweb

 

|

カエル好きなら何度でも見るべき歌舞伎の「天竺徳兵衛」

100_3506

   明治座十一月花形歌舞伎で今年2012年6月に襲名したばかりの四代目市川猿之助による通し狂言「天竺徳兵衛新噺(てんじくとくべえいまようばなし)」が上演された。

 この作品は、父親の亡霊から蝦蟇の妖術を伝授された徳兵衛が、日本転覆を志すという奇抜な物語で知られる江戸時代の戯作者鶴屋南北の「天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)」をベースに、やはり南北の「彩入御伽草(いろえいりおとぎぞうし)」を絡ませたストーリーで、三代目猿之助によって1982年に歌舞伎座で初演された三代猿之助四十八撰のひとつ。

 見どころは大詰の葛籠抜け(つづらぬけ)や宙乗り、早替わりなど数々あるが、カエルが第一の目的なら序幕に登場する、天竺徳兵衛を乗せて大屋根に現れた大蝦蟇を見るだけで感動はマックス、「カエル好きでよかった~!」と思えるはず。他に、妖術で蝦蟇に姿を変えた天竺徳兵衛を四代目猿之助が着ぐるみのカエルを着て演じるシーンは、とってもお茶目でかわいかった。

  また、徳兵衛の父親の亡霊が、蝦蟇の妖術を授ける際に自らの血潮で描いた蝦蟇仙人の画を与えるあたりは、“カエル通”の心をくすぐって余りあるものでしょう。何度でも観に行きたいものです。

-----------------------------------------------

<関連サイト>

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

「コトバデフリカエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru ※エッセイで時代をふりかえるサイトです。

「キモノ・二・キガエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kimonokigaeru  ※ゆかたやキモノ着用で優待割引のある施設をご紹介するサイトです。 

※『かえるる カエルLOVE111』全国の書店等で販売中です。

 

 

 

|

正阿弥勝義によるアマガエルの一瞬を捉えた金属工芸

Sara2

Sara1_2

正阿弥勝義《蓮葉に蛙皿》明治時代 径12.0cm 清水三年坂美術館蔵

  このブログでも時々紹介している、カエルに関するモノや情報のコレクター小沢一蛙(1876-1960)のコレクションには、金属で作られたカフスにカエルが装飾されたものがあった。その精巧さを見たときに、それは江戸期までの刀職人に受け継がれてきた技術が、明治以降身近な生活用品に活かされるようになったのではないかと想像した。

 そのことを十二分に確信させられるような工芸品の展覧会「幕末・明治の超絶技巧  世界を驚嘆させた金属工芸~清水三年坂美術館コレクションを中心に」が、昨年(平成22年)の泉屋博古館分館(東京)を皮切りに全国を巡回している。現在は2月20日(日)まで静岡県三島市の佐野美術館で開催されていて、お借りした写真は正阿弥勝義(しょうあみかつよし/1832-1908)の「蓮葉に蛙皿」である。

 私たちの100年カエル館のカエルグッズコレクションにも、金属製で蓮葉の上にちょこんとアマガエルが乗ったものがいくつかあるのだが、”カエルグッズコレクション学”的にはそれらのルーツにつながる作品といえるのかもしれない。

 「幕末・明治の超絶技巧」展の図録によれば、正阿弥勝義はもともと刀装金工だったそうだ。ところが明治9年(まさに小沢一蛙さんが生まれた1876年)、廃刀令が出て刀装具の制作はやめなければならなくなった。その後に生み出されたのが、この「蓮葉に蛙皿」も含めた室内装飾品や装身具だったのだ。

 実は残念ながら私は東京でのこの展覧会を見逃してしまい、図録で目にしているだけなのだが、それでもこの工芸師の観察力、描写力、技術力が伝わる。もちろん、鳥や蝉、トンボなど蛙以外の生き物も表現していて、いずれもその一瞬の動きを金属で描き出すわけだから本当に驚嘆させられる。この写真の蛙に至っては、蓮の葉にぴょんと乗った瞬間なのである。

 カエルグッズを集めていると、マテリアル(素材)とカエルグッズの関係の面白さに気づかされることがある。そんななか、この「蓮葉に蛙皿」のような作品、そして正阿弥勝義のような人に出会うとカエルに関わっていて本当によかったと思う。

※同展は佐野美術館の後、大阪と岡山でも開催されます。

<大阪会場>大阪歴史博物館 

平成23年4月13日(水)~5月29日(日)

<岡山会場>岡山県立博物館 

平成23年6月3日(金)~7月18日(月・祝)

同展は京都にある清水三年坂美術館の協力で行われているので、巡回終了後は京都で会えるかもしれませんね。

100年カエル館・カエ~ル大学はこちらからhttp://kaeru-kan.com/kayale-u/

------------------------------------------------

<関連サイト>

「コトバデフリカエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kotobadefurikaeru  ※エッセイで時代をふりかえるサイトです。

「キモノ・二・キガエル」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/kimonokigaeru  ※ゆかたやキモノ着用で優待割引のある施設をご紹介するサイトです。

 

 

|

“蛙賢人”からの贈り物と児雷也

_dsc73841112

 “カエルの世界”に携わって、カエルと関わるさまざまな人々と出会うなかで“蛙賢人”と呼ぶべき人にいろいろな教えを受けることがある。私にとってはファンタジーや夢判断でいうところの老賢人のような存在で、有形無形の貴重な“贈り物”をいただいている。

 演劇研究家の河竹登志夫さんは、江戸から明治にかけて活躍した戯作者の河竹黙阿弥の曾孫で、カエルグッズの収集家でもある。カエルタイムズをお送りすると、お葉書をいただく。カエルタイムズ12号の文化面には江戸・明治にその名を知られた絵師、柴田是真のヒキガエルの絵を載せているが、河竹さんは黙阿弥と是真に親交があったことも書き添えてくださった。

 河竹黙阿弥といえば、カエル好きにとっては蝦蟇(ガマ)の妖術を使う児雷也(じらいや)が登場する歌舞伎『児雷也豪傑譚話』の作者としての印象が強い。黙阿弥、是真、そしてやはり同時代を生きてカエルの絵を数多く描いた絵師河鍋暁斎に江戸・東京での交流があったとすると、三者の間でカエルの話も交わされたのではないかと想像がふくらむ。

 写真は河鍋暁斎記念美術館が運営するかえる友の会の原田尚信さんからいただいた児雷也である。原田さんからも数え切れないほど多くの“カエルの智恵”を授けていただいた。

 

| | コメント (0)

シンポジウムではカエルアートのマグカップをプレゼント!

100_2465

 カエルをテーマにしたアート作品を目にすることは多いが、男性アーティストがつくるカエルアートと女性アーティストの手によるそれには、決定的な違いがあるような気がしていた。ひじょうに大雑把な分け方をすると、男性にとってカエルはあくまでも他者であり、時にいじめる対象にもなれば(ある世代までの少年の遊びにストローで蛙を膨らますものがあったのは象徴的だ)、救済する対象にもなる。これに対して女性の場合、特に彼女たちがクリエイターという内省的な面の強い存在だったりすると、カエルは自己、もしくは自己と分かちがたい何かだったりする。(もちろん、個人差はあるがいろいろなカエルアート作品を見ていての私の見立てである。)

 カエルタイムズ10号(2007年9月発行)では、オランダ在住の女性アーティスト、マルレーネ・デュマスの”カエルアート”を紹介した。まるで解剖される前のように腹部をさらしてのけぞるヒキガエルを描いた絵画作品で、タイトルは「芸術とはヒキガエルの織り成す物語である」。作品には次のようなコメントがついていた。「現代人はアーティストの人格を強調しすぎる。原始社会では物語はけっして一個人ではなく媒介者、シャーマンによって語られ、賞賛されるとすればそれは「語り」であり、個人の「非凡な才」ではなかった。魔法が信じられていた時代、神話や御伽噺の時代には、神々はあらゆる姿をとって現れ、正反対の性格を一身に表わすことができた。ひとは狼男になることができ運さえよければ、カエルも王子に変身することができた」(マルレーネ・デュマス展カタログより)。

 ところで縄文土器の多くは女性がつくったのではないかと考えられていると読んだことがある。そして、八ヶ岳山麓ではカエルの意匠が施された縄文中期の深鉢などが複数発掘されているが、その作り手たちも女性だとしたら、マルレーネ・デュマスをはじめカエルを表現する現代の女性アーティストたちと時空を超えて共有する思いが見えるような気がする。

 その思いとはどんなものなのか。今月19日に開催する秋のカエル文化シンポジウム「カエルと月と女性」で少しでも感じていただける展開になればと期待している。

 同シンポジウムにご参加くださった皆さんには、案内パンフレットにも描かれたフジモト芽子さんのカエルアートのマグカップをプレゼントいたします。

 ご参加をお待ちしております。

 

 

| | コメント (0)

落語とカエル、そしてカエ~ル大学

100_1780

 現在編集中のカエルタイムズでは、3月28日に足立善立寺で開催された「カエル信仰シンポジウム」の内容を4面にわたって掲載します。ご来場くださった方も、見逃された方もどうぞお楽しみに。

 ところで、そのシンポジウムで司会を担当した柳家我太楼師匠は、柳家小さん一門の権太楼師匠の弟子に当たる。そして、権太楼師匠と同じく故柳家小さん師匠の直弟子には柳家小三治師匠がいるが、先週、その小三治師匠を追ったドキュメンタリー映画『小三治』を観た。

 落語についてもまとまった知識は持ち合わせていないが、小三治師匠のことはテレビなどで見て知っている。飄々とした印象で、オートバイをはじめ趣味の多い器用な方なのだろうと思っていた。そして、CDで『出来心』を聞いたときは、文字通り涙が出るほど笑った(※)。

 しかし、この映画を見て、あの独特の「間」からしみ出るようなおかしみは、師匠自身の「落語とは何か」という飽くなき問いかけ、しまいには「自分は落語家に向いていないんじゃないか」と、自身を追い詰める果てに生まれていることを知って、すごく意外だった。

 映画のなかで師匠は「生まれ育ちだろうか」「テストで95点取ってなぜ100点が取れないんだと親に叱られて、それがイヤでこの道に入ったのに・・・」などとつぶやくシーンがある。

 落語にくわしい知人に聞くと、小三治師匠のご両親は学校の先生だったそうだ。そういえば、師匠ならではの持ち味が生きる「まくら」で、独自の教育論を繰り広げているシーンもあり、弟子との関係を見ていても「教える」ってこういうことでもあるんだ、と思わせる部分も。

 映画のパンフレットを読んで、監督の康宇政氏が落語に精通している立場ではなく、映像制作者として一人の人間、柳家小三治(本名:郡山剛蔵)を記録したことがわかって納得した。

 100年カエル館は、学問を楽しむ場として「カエ~ル大学」を立ち上げます。HPに趣意書をUPしていますので、ぜひご覧ください。

※落語『出来心』ではあばら屋の流し台の下あたりからヒキガエルが這い出す様子が語られる。昔からヒキガエルが民家に住みついているシーンは日常的なものだったのだろう。写真は昭和初期ごろの陶製のヒキガエル。

100年カエル館 http://kaeru-kan.com

| | コメント (0)

ヒグチさんの恋しカエル

00172dpi

00372dpi

 6月はカエルの季節。ふりかえると私たちは、2002 年のこの季節に初めてカエルに関するモノの展示イベントを行ったのだった。

 場所は当時赤坂アークヒルズにあった「京都館」。タイトルは「京都に恋しカエル展」。100年カエル館には、喜多方在住のアーティストによる小石を使った作品がある。その小石はうちの父が川原から運んだもので、父はそのアート作品を「恋しカエル」と命名していた。そこで私たちもいろいろと縁のある京都に因んだカエル展ということで、「恋しカエル」を使用した。

 2枚目の写真に見えるように、イミテーションの藻やぜんまいを敷き、その上に全国のアーティストの方々に石ころを使って制作してもらったカエル・アートを展示した。まるでカエルたちが里山で遊んでいるように・・・。

 そこには、私たちがカエル以外の仕事で長くお付き合いさせていただいている関西在住の作家の方も、お嬢さんと秘書の方と一緒に出品してくださった。2枚目の写真の中央よりやや右寄りに見える、パステルグリーンの後姿のカエルは、秘書のヒグチさんの作品である。阪神タイガースファンならではの虎ガエルもあった。先日、そのヒグチさんが亡くなられた。作家のお嬢さんが知らせてくれたのだが、「たまに同窓会や小旅行に行かれると棚の上にカエルちゃんがこっそり増えていました。ヒグチさん、隠れ(?)カエラーだったのかもしれません!」という。

 偶然というのはあるもので、ヒグチさんのお兄さんご夫妻の家がうちの姉のマンションのすぐ真下だった。それがわかったのもカエルのおかげ。以前、作家のお嬢さんは私たちのためにカエルのイラストのオリジナル便箋をつくってくださった。ヒグチさんはそれを姉の家に直接発送しようとして気づいたのだという。姉は「30年近くも一緒に仕事をさせていただいたのにお会いしたことは一度もない。電話でのやりとりだけだったが、そういえばお互い引き気味に譲り合いすぎる会話は、カエル好き同士ならではだったのかもしれないね」とふりかえる。 

Photo

(こっそり増えていたというヒグチさんのコレクション)

http://kaeru-kan.com

| | コメント (0)

林家正楽師匠の紙切りによる「カエル好きの姉妹」

Photo  

「春のカエル遊び梵蛙精舎によみがえる」というテーマで展開した、足立善立寺でのカエルのイベントはお蔭をもちまして4月18日の第13回・善立寺寄席をラストに終了することができました。約ひと月半の開催期間中、「カエル文化」を切り口にしたシンポジウムを実現することもでき、来場してくださったお客様をはじめ多くの方々とカエルについてお話することができたことに心から感謝申し上げます。

 最終日に行われた善立寺寄席は、同寺が「初代紙切り正楽」の菩提寺ということで、命日の4月15日頃に毎年行われている。この日は落語好きのお客様のなかにちらほらカエル好きらしい来場者の姿も見られホールは満席となった。冒頭、ご住職の新倉典生氏からの挨拶があり、大衆芸能である落語も、今回の「カエル民芸」の展示も、形態はちがっても未来へと伝えていきたい文化であると語られた。

 寄席は若手落語家の春風亭朝呂久さんの一席から始まり、柳家我太楼師匠はシンポジウムの時に引き続き、「がまの油」を披露。師匠は今回のイベントで「カエル好き」という人々の存在を知ってカルチャー・ショックに近いものを感じられたようで、まくらではカエルではなくカエル好きの“生態”について面白おかしく語った。皆さんの素晴らしい話芸や曲芸からカエルをポイントに紹介させていただくと、曲独楽の三増紋之助師匠は寄席のリハーサルが始まる前に、「郷土玩具のカエル」の展示にいたく興味を持たれていたが、なんとそこに展示した江戸独楽と師匠の独楽は同じ制作者、木地玩具の名人広井政昭氏によるものだった。

 そしていよいよ三代目紙切り正楽、林家正楽師匠の芸が始まる。早速カエルの紙切りを披露してくれた。その他、会場からのリクエストを受けて何でも即興で表現してしまう師匠は、ハサミ片手に体をくねらせ独特の動きをしながら、求められたお題を形に切っていく。最近は紙をもつと自然に体が動く職業病か、新聞もじっとしていては読めない(?!)という師匠。トリを務めた五明樓玉の輔師匠の落語には、演目の内容とは関係なく「カエル顔の女」が登場した。そして、いただきました。林家正楽師匠から「カエル好きの姉妹」の紙切り作品(画像)を。だまし絵のようなお洒落な作品。私たちの少女時代(?!) いまも「カエル」への夢を抱き続けている点は同じである。

※100年カエル館/カエ~ル大学はこちらから http://kaeru-kan.com/kayale-u/

 

| | コメント (0)