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シンポジウムではカエルアートのマグカップをプレゼント!

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 カエルをテーマにしたアート作品を目にすることは多いが、男性アーティストがつくるカエルアートと女性アーティストの手によるそれには、決定的な違いがあるような気がしていた。ひじょうに大雑把な分け方をすると、男性にとってカエルはあくまでも他者であり、時にいじめる対象にもなれば(ある世代までの少年の遊びにストローで蛙を膨らますものがあったのは象徴的だ)、救済する対象にもなる。これに対して女性の場合、特に彼女たちがクリエイターという内省的な面の強い存在だったりすると、カエルは自己、もしくは自己と分かちがたい何かだったりする。(もちろん、個人差はあるがいろいろなカエルアート作品を見ていての私の見立てである。)

 カエルタイムズ10号(2007年9月発行)では、オランダ在住の女性アーティスト、マルレーネ・デュマスの”カエルアート”を紹介した。まるで解剖される前のように腹部をさらしてのけぞるヒキガエルを描いた絵画作品で、タイトルは「芸術とはヒキガエルの織り成す物語である」。作品には次のようなコメントがついていた。「現代人はアーティストの人格を強調しすぎる。原始社会では物語はけっして一個人ではなく媒介者、シャーマンによって語られ、賞賛されるとすればそれは「語り」であり、個人の「非凡な才」ではなかった。魔法が信じられていた時代、神話や御伽噺の時代には、神々はあらゆる姿をとって現れ、正反対の性格を一身に表わすことができた。ひとは狼男になることができ運さえよければ、カエルも王子に変身することができた」(マルレーネ・デュマス展カタログより)。

 ところで縄文土器の多くは女性がつくったのではないかと考えられていると読んだことがある。そして、八ヶ岳山麓ではカエルの意匠が施された縄文中期の深鉢などが複数発掘されているが、その作り手たちも女性だとしたら、マルレーネ・デュマスをはじめカエルを表現する現代の女性アーティストたちと時空を超えて共有する思いが見えるような気がする。

 その思いとはどんなものなのか。今月19日に開催する秋のカエル文化シンポジウム「カエルと月と女性」で少しでも感じていただける展開になればと期待している。

 同シンポジウムにご参加くださった皆さんには、案内パンフレットにも描かれたフジモト芽子さんのカエルアートのマグカップをプレゼントいたします。

 ご参加をお待ちしております。

 

 

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