是真の漆絵に描かれた美しきヒキガエル
「カエル」が描かれた作品が見られる展覧会には、できるだけ足を運ぶようにしている。そんな展覧会の会場に入ると、まっ先に目的の作品と対面したくなるのだが、それをやってしまうと感動は薄まってしまう。
どんなに混み合っている会場でも、鑑賞の列に並んでひとつひとつ見ていくことが、“その時”の至福感を最高潮にもっていくための方法だ。
2010年2月6日土曜日の三井記念美術館(東京・三越前)。「江戸の粋・明治の技ー柴田是真の漆×絵」展の東京展最終日の前日。かなりの人の入り。私の目的は新聞で見た、柴田是真(しばたぜしん)の漆絵画帖(うるしえがじょう)「墨林筆哥(ぼくりんひっか)」のなかの、琵琶をつまびき語る擬人化した蛙の図だった。
皆さんは柴田是真(1807-1891)をご存知だろうか。江戸から明治にまたがって蒔絵と絵画の両方で名を馳せた工芸職人であり、絵師である。同時代に活躍した絵師といえば、河鍋暁斎(1831-1889)がいて、「蛙」を題材にして描いた作品を多数遺していることは、“カエル愛好家”によく知られている。
果たして、是真のカエルとはどんなものだろうか。
高まる期待を抑えて、牛歩で進む列に加わる。前にいるご婦人同士の会話が聞こえる。「漆絵で使える色って6色ぐらいしかないんですって」。茶、赤、黄、黒、そして漆そのもののあめ色の6色。塗り残しの紙の白を加えても7色だそうだ。
そんな制約のある色で信じられないほど多彩に描き、微妙な質感まで表現する是真の技術は、独特の遊び心のある“だまし絵”を生み出した。紫檀の板に梅と花瓶を描き、木製の額を施したように見える「花瓶梅図漆絵(かびんにうめずうるしえ)」。だが、それはすべてが紙に描かれた“だまし絵”。「砂張塗盆(さはりぬりぼん)」は誰が見ても金属にしか見えないが、これも是真による“だまし漆器”。
音声ガイドではなく、たまたま居合わせた人々の話を聞くとはなしに聞きながら鑑賞していると、思いがけなくみごとな「カエル」を発見。それは漆絵画帖の「蟇蛙図(ひきがえるず)」(写真)だった。蛙は生き物だけに“だまし絵”にはならないが、ヒキガエルならではの背中のザラザラ感デコボコ感がゾクッとするほどリアル。漆絵の基本の6色がヒキガエルの肌質を描くのにこれほど適していたのかと、ヒキガエルの存在が改めて美しく感じられた。
そのとき、隣で見ていた若いカップルの男性の方が「かっこいい、これが一番」とつぶやいた。
ここ数年、海外に流出した江戸中期から後期ぐらいの絵師による作品の里帰り展が開かれることが多いが、そのなかにカエルの作品を少なからず見つけることができるのは、カエルに関わる者にとってこの上ない喜びである。
目的の琵琶をひいている蛙の図は、展示替えがあったせいか、この時は見られなかったが、その図版が載っている図録を買って帰ることにした。
●作品/《漆絵画帖》江戸~明治時代・19世紀 エドソンコレクション
●巡回展情報
東京展は終了しましたが、これから京都展と富山展が行われます。是真のカエルの作品は本文中に挙げたもの以外にもあります。カエルが元気に活動するシーズン、ぜひ足を運んでみてください。
【京都展】
会期:2010年4月3日ー6月6日
会場:相国寺承天閣美術館
主催:相国寺承天閣美術館、日本経済新聞社、京都新聞社
【富山展】
会期:2010年6月25日ー8月22日
会場:富山県水墨美術館
主催:富山県水墨美術館、日本経済新聞社、北日本新聞社、
北日本放送
100年カエル館・カエ~ル大学はこちらからhttp://kaeru-kan.com/kayale-u/
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