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2009年12月

2010年へ、ふりかえる、自分をかえる、福かえる

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2009年を振りかえると、遅ればせながら

HPを立ち上げたことが、100年カエル館

の大きなニュースのひとつに挙げられる。

HPによって同館のことを初めて知ったと

いう方がいらっしゃったらとてもうれしい。

 そして”無名無実”になりつつあった

 カエルタイムズ編集長の私も、ブログを

「Blogカエルタイムズ」にすることで、少し

でも責任のようなものを果たすことができ

て心軽やかに年が越せそうである。

それにしても、初めてブログをアップした

ときは、その”ライブ感”にインターネットの

もつすごさを感じた。と、いうのは、長くPR

誌などの印刷物の制作をしてきた身には、

10ページ以上の冊子を発行するために

原稿や写真、イラストなどの素材を集めて

デザインに回して、印刷に回して、最低でも

2~3ヶ月はかかるのがあたりまえだった。

 ところが、ブログの場合、いま思ったこと

をすぐに発信することができる。文章を書く

仕事をしている者にとって、その違いは大

きい。それだけに、自分が発信する言葉が

不特定多数の人に向けられたとき、どんな

意味をもつのか敏感になる必要があると

思う。

 そしてネット社会が広がっていくことで、

街の風景も変わってくのだろうと想像する。

たぶん、2009年に起こった政治、経済、

文化におけるさまざまな現象の背景に

ネット社会の浸透があるのは紛れもない

事実だ。

 もちろん、悪いことばかりじゃない。今まで

にない可能性が試せるのも新しい時代なら

ではだ。21世紀のゼロ年代も終わり、いよい

よ10年代が始まる。その大きな流れを感じて

100年カエル館のHPではWEBミュージアム

を充実させていこうと思っている。

 そして、Blogカエルタイムズも・・・。どちらも

ネット外での行動があってこそ皆さんに楽しん

でもらえるものになると思うので、実人生をせい

いっぱい生きていきたい。

 自然界でカエルが元気に生きていて初めて、

カエルグッズやカエル文化がおもしろくなるように。

※カエルと言葉シリーズ第2弾として

「カエルの語り絵馬」を発売いたしました。

詳しくはhttp://kaeru-kan.com

  

 

 

 

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「スキスキ大スキ!カエル展」をふりかえる

  今年は夏の3ヶ月間、相模原市立博物

館の学芸員秋山幸也さんから声をかけて

いただき、企画展「スキスキ大スキ!

カエル展」で100年カエル館のカエルグッ

ズも展示させていただいた。

 が、何といっても主役はアフリカウシガエ

ルやベルツノガエル、マルメタピオカガエル

などの海外の人気者ガエルや、相模原に

棲息するアズマヒキガエル、シュレーゲル

アオガエル、アマガエル、カジカガエルなど

日本のカエルたちだった。

 水槽の中のカエルたちが、人々の意表を

ついて鳴いたり、ある意味人間くさい表情で

ガサゴソ動いたりするだけで、企画展の中心

が彼らであることがわかった。

  そのカエルたちを普段飼育したり、野外

のどこにいるかを熟知して同展に連れてき

てくれたのがカメラマンの松橋利光さん。

そして得意のキュートなカエルたちの写真は

女子美の学生さんたちとのコラボで、まさに

カエル好きにはたまらない、不思議でカワイイ

空間を演出していた。

 そんな松橋さんに同展に込めた想いを書い

ていただいた。

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[「スキスキ大スキ!カエル展」開催への想い]

 昨年は「国際カエル年」だったこともあり、

多くのカエル展が開催されたが、当然その多く

がカエルの生態展やカエルをシンボルとして

環境問題を問う、王道的な展示だった。

 しかしこの「スキスキ大スキ!カエル展」は

ちょっと違う。カエル好きがカエルの魅力を伝え

るために考え、子どもから大人まで多くのカエル

好きが参加した自由な発想の展示だ。

 私は子どもの頃からカエルが好きで、いつも

「かえるといっしょ」だった。ずっとカエルといたの

でカエルのどこか好きで、どう魅力的なのかうまく

言葉にできないほどである。

 しかし、いまだに一般的にカエルは気持ち悪い

生き物に分類されることも多く、カメラマンとして

活動を始めた13年前には、カエルだけの本や

展示を構成するのは難しい状況だった。当時は

カエルだけの本というのは非常に少なく、まして

やカエルのかわいさや魅力を伝えようとする本は

一冊もなかった。

 真のカエル好きとしてはあまりにもさびしい・・・、

そんなカエルへの一途な思いで誕生したのが

私流の白バック写真。図鑑用の物撮り的な白

バックではなく、あくまでも無駄を排除して、カエル

の自然な振る舞いや、表情だけをフィーチャー

した撮影方法だ。

 この「イラストのような写真」を撮り始めたことで、

数多くの絵本やカレンダーなど、カエルが主役の

作品を生み出すことができた。その結果、カエル

に興味のない人にもその姿を見てもらえる機会が

増え、少しはカエルの魅力を世に広められたので

ははいかと自負している。

 今回の展示ではその白バック写真を活かし、

カエル百面相、ポスターチラシ、自然ガイド、講演

会、生体展示も担当した。生体展示ではレイアウト

や解説の写真はもちろん「ベルツノガエル」など、

私のペットたちも展示した。

 長年カエルを愛し、撮影を続けてきた。そんな私

のカエルへの思いが、ふるさと相模原の博物館で

多くのカエルを愛する人たちの作品と融合した。

 そんなとても思い出に残る展示だった。

(松橋利光)

Photo

 

(写真は相模原市立博物館発行

による同展関連書籍の表紙。

松橋さんのカエルの写真が楽しめ、

編集は100年カエル館(ケーアンド

ケー)が担当した。)

●100年カエル館HPはhttp://kaeru-kan.com

 

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エカテリーナ2世が注文したウェッジウッドのカエルの食器

101_1716 写真の、3匹の蛙の形をした脚に

支えられたガラス板の上に乗って

いるカエルは、ドイツのニンフェン

ブルク磁器である。ニンフェンベルク

磁器製作所は1747年に、バイエルン

の選帝侯マクシミリアン3世ヨーゼフ

によってミュンヘンに創設された。

 100年カエル館で所蔵する、このニンフェン

ベルク磁器のカエルは日本のアンティーク

ショップで見つけたものだが、実際、ヨーロッパ

にカエルグッズを探す旅に出ると、陶磁器の

カエルが私の目にはピョンピョンと言えるほど

飛び込んで来る。値段という、ジャンプの高さに

すべてを捕まえて帰れないのが残念だが・・・。

 西洋と東洋のカエルに対する感じ方の違いは

カエルを表現した絵や造形物を見ることで

何かしら伝わってくるものがある。中世の絵画

などでは魔女といっしょに蛙が描かれている

ものも多く、忌み嫌われるものだったのかなと

も思うがどうかわからない。

 そんなことを考えていると、カエルはまた別

の方向から飛び込んできてくれる。今年、

東京都庭園美術館を皮切りに4つの美術館

で開催された「エカテリーナ2世の四大ディナ

ーセットーヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会」

でも”カエル”と出会うことができた。

 ロシアの女帝エカテリーナ2世(1729-1796)

が1773年にイギリスのウェッジウッド社に注文

した《グリーン・フロッグ・セルヴィス》がそれだ。

 セルヴィス(Service:セルヴィス(仏語)=

サーヴィス(英語))とは食器セットのこと。緑の

蛙のセルヴィスと名付けられた陶器製のその

食器セットには、どのアイテムにも蛙の絵の

入った楯形の紋章が描かれている。そして、

どのアイテムにもひとつとして同じ絵柄の  05small

ないイギリスの風景画が絵付けされている。

 この食器セットは、女帝が夏の郊外別邸に

向かう途上に滞在していた「ケケレケクシネン

宮殿」で使用するために注文したものらしい。                                                      

「ケケレケクシネン」とはその宮殿があった   

場所の通称で、フィンランド語で「蛙の沼」を

意味するという。

 だからといって、女帝がカエルが好きで

夏のヴァカンスを過ごす宮殿ではカエルの

マークが入った食器セットを使っていたと

単純に考えるわけにはいかないようだ。

 エカテリーナ2世が生きた時代のヨーロッ

パでは、各地の王侯同士が同じ文化や

価値観の土俵上で危うい外交バランスを

保ちながら、自らの力を顕示するために

競い合っていた。財政的な力、科学技術の

力、そしてすぐれた芸術を生み出す文化の

力が必要だった。磁器窯を切望する王侯

も多かった。

 また、この時代は「信仰から理性へ」「神

から人間中心へ」という意識が高まり、

教養人の間でイギリス的な自由主義が広ま

った。イギリスの風景式庭園が描かれた

《グリーン・フロッグ・セルヴィス》は、女帝に

とって庭園芸術に関する一種の挿絵付きの

百科事典でもあったという。

 ドイツ人として生まれロシアに嫁いだも

のの、短命に終わった夫の治世の後、

女帝に君臨したエカテリーナ2世は、磁器

セルヴィスを集め使いこなし、それまでの

ロシアにはない洗練された宮廷のおもてなし

マナーを確立した。そしてそれを他国の

君主に見せることは、自らの知的に開かれ

たセンスを力として披露する外交メッセージ

でもあったのだ。

 ドイツのマイセンをはじめヨーロッパの

有名な陶磁器の製作所の多くは18世紀

につくられている。冒頭に紹介したニン

フェンベルクもそのひとつ。

 カエルグッズが思いがけない歴史へと

導いてくれることもある。

(参考文献:国立エルミタージュ美術館所蔵

エカテリーナ2世の四大ディナーセット

ーヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会の図録)

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《グリーン・フロッグ・セルヴィス》より

ウェッジウッド、スタッフォードシャー(イギリス)

1773~1774年

Text,photos,The State Hermitage Museum,

St.Petersburg,2009

100年カエル館・カエ~ル大学はこちらからhttp://kaeru-kan.com/kayale-u/

 

 

 

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カエルツボカビのその後と日本のカエルへの影響

100_1857 カエルツボカビや世界的なカエルの

減少が話題になって、昨年2008年は

国際カエル年としてカエルをはじめと

する両生類を救おうというキャンペー

ンも行われた。しかし、キャンペーン

も終わり、話題に新鮮味がなくなると

まるですべては解決したかのように

語られなくなってしまう。それではいけないと

いうことで、カエルタイムズでは獣医師で

カエルの生態に詳しい田向健一氏に、2009年

の段階で知っておくべきツボカビをめぐる日本

のカエルの現状について書いていただいた。

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[日本のカエルが消えてしまう!?

~カエルツボカビ、日本初確認とその後]

 カエルタイムズを読まれている方なら、

この名を知らない方はいないと思います。

世界のいくつかの両生類を絶滅にまで

追いやったとされるカビの一種、ツボカビ。

 そんなカエルにとって恐怖の病原体が

2006年12月、日本でも発見されてしまった

のです。その衝撃は大手新聞の一面を

飾ったほどです。

 もともと、この菌の存在が世に知らされる

ことになったのは、以前より問題になってい

たカエル減少の新たな犯人である可能性が

浮上したことによります。それ以前のカエル

の世界的減少は環境破壊や汚染、地球温暖

化などが主な原因と考えられていたのでした

が、詳しく調べてみると人間活動の影響を

受けにくいようなパナマやオーストラリアの

自然保護区や山地奥地でも生息数の減少

が起きており、その原因がカエルツボカビ

によるものと判明したからです。

 日本でカエルツボカビが確認されて以降、

研究者や獣医師、環境省などが中心となっ

て日本の野外に生息する在来種について

検査を行いました。その結果、驚くべきこと

に日本の野外に生息する両生類からも、

ごくわずかですが、一定の割合でカエルツボ

カビが検出されたのです。しかしカエルツボカ

ビが見つかった両生類の個体群に目を向ける

と、大量死、変死、激変などの事例は一切見ら

れていません。

 カエルツボカビによってパナマやオーストラリア

など被害著しい地域もあれば、日本のように目立

った影響がない地域もあることが判りました。この

不可解な現象に対して、もともと日本固有のカエル

ツボカビがいたのではないか、外国からカエルツボ

カビは侵入したけれども、日本のカエルには耐性が

あるかもしれない、など様々な仮説が挙がっています。

 しかし、本当の理由はいまだに不明です。日本から

検出されたカエルツボカビの遺伝子には様々な系統

のものがあることも判明し、これは海外の報告では

見られないことでした。したがって、日本ではカエル

ツボカビ=カエルの死の病原体であるとの一方的な

構図を論じることは難しいと判ってきました。

 謎多き菌、カエルツボカビ。さらなる研究が望まれ

ます。(田向健一)

※写真はカエルの減少や絶滅が深刻な中南米の

コスタリカのヤドクガエルのマグネット(100年カエル

館所蔵)

100年カエル館・カエ~ル大学はこちらからhttp://kaeru-kan.com/kayale-u/

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本邦初上演で宙に舞った、カエルのジェレミー・フィッシャーどんにブラボー

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<2009年をふりかえる カエルの舞台>

 2009年の間もなく啓蟄という2月25日

~3月1日に、Bunkamuraオーチャード

ホール(東京・渋谷)では、20周年記念

企画として熊川哲也Kバレエカンパニーに

よる「バレエ ピーターラビットと仲間たち」

が上演された。

 同バレエ作品は、世界中で愛されている

イギリスのビアトリクス・ポターの絵本を原作に

したもので、英国ロイヤル・バレエ団で92年に

舞台化されて以来、繰り返し上演されている

人気作品。

振付はサー・フレデリック・アシュトン(1904-

1988)。この門外不出のヒット作が日本で

見られるとあって、特に日本に多いといわれる

ピーターラビットファンが家族連れ、友人連れで

詰め掛けた。

 この作品の最大の魅力は、ポターの絵のまま

の世界がバレエになっていることだ。それを可能

にしているのが、ダンサーがすっぽり身を包んで

も自由に動け、且つ動物たちの姿かたちがみごと

に再現された「着ぐるみ」。それを着たダンサーたち

が、名振付家アシュトンによる複雑なステップと

リアルな動きで踊る。

 そして本紙が今か今かとその登場を待ち望んだ

のは、カエルのジェレミー・フィッシャーどん(写真)

の登場。ダンサーは、公演日によって清水健太

(プリンシパル)と遅沢祐介(ファースト・ソリスト)が

担当。原作でもバレリーナのような足に描かれて

いる彼が、ダンサーの高いジャンプ力を活かして

踊る姿はまさに「水を得た魚」ならぬ「水を得た蛙」。

 因みに英国ロイヤル・バレエ団時代の熊川氏は、

このジェレミー・フィッシャーどんの役で踊っている。

(写真撮影:小川峻毅)

※12月17日アップした記事にジェレミー・フィッシャー

を担当した二人のダンサーの名前を記載しました。

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空からオタマジャクシが降って来た事件の真相

Photo_2 <2009年をふりかえる 

オタマジャクシ落下事件>

 今年もメディアでは1年をふりかえる

企画が目につくようになったが、

そのなかでも各地から報告された、

オタマジャクシが空から降って来た

という現象は、カエルに関心がある

なしを問わず、気になる事件だったようだ。

この件に関して、カエルタイムズでは

元平塚市博物館館長で、現在、神奈川大学

教授の浜口哲一氏に原稿をいただいた。

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[鳥とカエル]

■カエルを食べる鳥

 私はカエルも大好きですが、古くからの

バードウォッチャーでもあります。鳥の

立場から見ると、カエル好きの方には

少々言いにくいところですが、カエルは

絶好の食べ物と言うことになります。

鳥がカエルを食べているシーンも何度か

出会いましたが、いちばん印象に残って

いるのは、ムクドリにくわえられた

アマガエルが懸命に抵抗しているようす

でした。そのカエルは、くちばしにはさまれ

たまま、体を思いっきりふくらませ、何とか

飲み込まれまいとしていました。それは、

まるでふくれたフグのように見えました。

 さて、私が所属している日本野鳥の会

神奈川支部では、長年にわたって会員

の観察記録を収集し、データベースとして

整理しています。その資料によると、

カエルを食べる鳥として、アオサギ・チュウ

サギ・アマサギ・コサギ・ササゴイ・ヨシゴイ・

カルガモ・バン・ホウロクシギ・コシャクシギ・

チュウシャクシギ・ユリカモメ・サシバ・ノスリ・

トビ・チュウゲンボウ・カワセミ・ヤマセミ・アカ

ショウビン・モズ・ハッカチョウ・ハシボソガラス・

ハシブトガラスという23種もの鳥があがって

います。サギ類のような水鳥だけでなく、

サシバのような猛禽類や、モズのような小鳥も

餌としてカエルを利用しているのです。

■オタマジャクシを食べる鳥

 それでは、オタマジャクシも鳥によって利用

されているでしょうか。同じデータベースを

開いてみると、はっきりとオタマジャクシを食べ

たことが確認されている14例の観察記録が

あることが分かりました。鳥の種類としては、

カイツブリ・チュウサギ・アマサギ・コサギ・

タシギ・コアジサシ・カワセミ・ハシボソガラスの

8種類があがっています。成体に比べれば

少ないものの、意外に多くの鳥がオタマジャクシ

も利用しているのです。

 鳥とオタマジャクシと言えば、最近話題になった

謎の落下事件が思い出されます。竜巻説、人間

による悪戯説などもあったようですが、最終的には

鳥犯人説が有力になっているようです。私も、捕え

られたオタマジャクシを喉にためて巣に運んでいく

途中の親鳥が、何かに驚いて吐き出した可能性が

高いと考えています。鳥の種類としては、サギ類か

カラス類のどちらかでしょうが、現地でもう少し観察

すれば、証拠をつかむことができるのではないかと

思えます。

 また、こうしたことを考えていく上でも、ふだんから

どんな鳥が何をしていたかという行動記録を積み重

ねていくことが大事だと改めて感じました。

(浜口哲一/神奈川大学理学部生物科学科教授)

参考文献/日本野鳥の会神奈川支部,2007.

『神奈川の鳥2001‐05』

※尚、画像はスコットランドの工芸品によるトリと

カエル(100年カエル館所蔵)

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ジャンルを超えて語り継がれる、ガマの油

Photo

(2009年をふりかえる 落語のカエル)

 どんな表現文化の中にも生息する

場所を必ず見つけるカエル。たとえば、

映画の中。昨年は、ガマ王子が出て

くる『パコと魔法の絵本』に主演してい

た俳優の役所宏司。今年は、自ら

監督を務めて主演した作品

『がまの油』が公開された。と、いうことで

ガマの油。ここではカエルタイムズで

「落語のカエル」を連載している

青木隆太氏のガマの油を一席。

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ガマの油。

 三代目・春風亭柳好は、明るい

唄い調子の芸で人気を博した噺家。

落語「野ざらし」の「どうしたい!、

コツは釣れるかい? 骨は」を耳に

するたびに、相好がくずれてしまう。

この「野ざらし」とともに柳好の

十八番だったのが「ガマの油」。

酒に酔ったガマの油売りが腕を

深く切りすぎてしまい、商品のガマの

油をキズ口に塗っても血が止まらなく

なり、目の前に居並ぶ客に向かって

「どなたかキズ薬をお持ちの方は

ござらぬか」というのがオチ。

 この落語の聞き処は、なんといっても

ガマの油売りの口上。「さあさあ、ご用と

お急ぎでない方は・・・」で始まる口上の

魅力は、立て板に水の台詞まわし。戦前

戦後にかけ、実際、これを商売にする

香具師がいた。若き日の三代目・三遊亭

金馬が金沢の一九亭という寄席に出たとき、

浅野川の橋の上でガマの油売りを見たの

だが、あまりの下手さに代わりに金馬が

口上を述べたところ、やんやの喝采を受け

客から祝儀をもらったという逸話がある。

 金馬が演じるガマの油売りの噺は、

演題が「高田馬場」。ガマの油売りが古傷を

披露した武士を親の敵と見破り、後日、

高田馬場で仇討ちをするというので、当日は

物見高い江戸っ子がいっせいに高田馬場に

やって来た。ところが時刻になっても仇討ち

は始まらない。見ると、大勢の客で混んでる

居酒屋で、親の敵のはずの武士が一献傾け

ている。「なんだ、おまえさん、今日は仇討ち

じゃねえのか?」と問われた武士が「仇討ちと

言えば、大勢の人間が高田馬場に来るだろう」

と言ってニヤリと笑う。現代なら高田馬場商会

の販売促進活動として、ガマの油売りと武士

との仇討ちを演じて見せた、といったところか。

 古今亭志ん朝も「高田馬場」でガマの油売りの

口上を語っていた。心太(ところてん)が網目

からスルリと抜けるような、なめらかな口調

だった。(青木隆太)

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Blogカエルタイムズ始まります

 

Blog

100年カエル館が発行する「カエルタイムズ」は、

2005年に創刊し、現在、11号まで発行しています。

当初は隔月で発行しておりましたが、最近は不定

期となり、年1回出るか出ないかというペースになっ

てしまいました。

 すべてはカエルタイムズ編集部、そして100年

カエル館の体制の問題なのですが、楽しみにして

いてくださる読者の皆さまには本当に申し訳なく

思っております。このブログでも少し前に「カエル

タイムズ編集中です」と書いたのは決してウソでは

なく、進めておりました。

 しかし、やはり情報伝達の速効性ということで

あればインターネットにかなうはずもなく、今年は

HPを立ち上げたことで、カエル好き、カエルマニア、

カエラー、カエル文化に興味のある人等々に、

どうやってカエルの魅力を伝える情報を発信すべ

きか、時代の変化に伴う悩みを抱えることとなり

ました。

 そこでようやく結論を出したのですが、私たちが

日々キャッチするカエルに関わる情報や、”カエル

文化”を研究することで見えてきたことは、この

ブログでできるだけ高い頻度で発信することに

いたします。

「Blogカエルタイムズ」を始めます。

 そしてある程度情報がまとまった段階で

冊子にしていきたいと思っています。そんな

悩み多きカエルタイムズではありますが、

これからもおつきあいいただけますよう、

よろしくお願いいたします。

 

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川の博物館で2009年をふりかえる

100_2294 先日、埼玉県立川の博物館に行って来た。研究交流部のFさんのお話によると、周辺に生息するカエルたちのほとんどは冬眠に入ったようだったが、高さ50cmほどもある大きなカジカガエル(写真上)が待っていてくれた。大きな水車のある広々とした場所(写真下)で、イギリスの童話作家ケネス・グレアムの描いた「たのしい川べ」を彷彿とする風景だった。ヒキガエル氏のお屋敷もどこかにありそうな・・・。

 その2日後に今度はF氏が喜多方市の

100年カエル館を訪ねてくださり、今度は逆に

小さな民家の中にぎっしり身を寄せ合って

展示してあるカエルグッズたちに、冬眠中の

カエルたちの夢の一部でも見ていただけた

としたらとてもうれしい。

 こうしてまた1年がカエルともに過ぎてゆく。

ふりかえると、今年もまたカエルを通して新しい

出会いがあり、その関係はカエル好きにあり

がちな水くさいものではあるけれども、いつも

どこかで見守っているような、不思議なネット

ワークになる。

 そういえば、この秋は炎天寺とかえる友の会

のお祭りに参加し、カエルグッズを対面販売した。

カエルというモノを通じて人と人の思いが一致

する瞬間にたまらない喜びを感じた。

 天命を知る年齢になってきたせいか、高祖母が

会津藩の造り酒屋の娘で、明治に入ってからは

呉服屋に嫁ぎ、呉服をたくさん売ったという話を

思い起こす。

 来年はどんなカエルとの出会いがあるだろうか。

 100_2300_2

 

 

 

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