« 2021年8月 | トップページ

2021年10月

2021年10月25日 (月)

「蛙文字(かえるもじ)」が教えてくれた幸福の意味/かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル58 「ほっと・ねっと」2021年10月号 

<「蛙文字」が教えてくれた幸福の意味 >

高山ビッキ(100年カエル館)

Photo_20211025130801

渡辺弥七 画

 福島県とカエルといえば、いわき市が「かえるの詩人」草野心平の出身地で知られ、当地に記念文学館があります。

 そして三春町には、有名な滝桜の近くに「蛙さんの家」と名づけたアトリエで、自ら生み出した「蛙文字」を書き続けた渡辺弥七さんがいましたが、今年8月に88歳で逝去されました。

 100年カエル館を開設する前のわが家にはすでに両親が「蛙さんの家」を訪ねて買い求めた「蛙文字」の色紙が壁に掛かっていました。

Photo_20211025143201 Photo_20211025143202

 「蛙文字」は、漢字やかな文字の一点一画がさまざまなポーズの蛙の絵で描かれていて、言葉として読むことができます。でも描かれたーつひとつのカエルのポーズにフォーカスすると絵なのか文字なのか、不思議なアートでした。

 100年カエル館では、渡辺さんに草野心平が独自の「蛙語」で書いた「ごびらっふの独白」を蛙文字で大きな布の上に書いていただいたことがありました。世界的な両生類保全キャンペーン「国際カエル年」が行われた2008年のこと。 

 日本動物園水族館協会との共催により、京王プラザホテル(東京・新宿)のロビーギャラリーで「カエルプラネットへようこそ」と題した展示イベントを行ったときでした。

 蛙文字になった「るてえる びる もれとりり がいく」(日本語訳=幸福というものはたわいなくっていいものだ。)で始まる「ごびらっふの独白」は、蛙たちの歌に合わせて、文字の蛙たちが楽しく踊っているようでした

 蛙が表現された日本の詩歌には、日本人の自然観がよく表れていて「カエル年」にふさわしいと考え、渡辺さんには他に松尾芭蕉の「ふる池や蛙飛びこむ水の音」と、小泉八雲によるその俳句の英訳、そして小林一茶の「痩せ蛙」の句を「蛙文字」にしていただき、ホテルロビーの大きな壁面に展示しました。

Img_0345

 イベントは、終われば跡形もなく消える夢のような時間で、渡辺さんと「蛙文字」でご一緒した時間も、ご本人亡き後、楽しい思い出として煌めいています。

 生前のご本人は、何万という蛙を一匹一匹描き続ける日々を送りながら、「幸福」の意味を伝えようとしていたのかもしれません。

Img_0346

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<関連サイト>

「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

カエル大学通信 www.mag2.com/m/0001378531.html

※ブログ「高山ビッキBlog」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/vikkiも配信中です。

 

|

2021年10月 2日 (土)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル57 「ほっと・ねっと」2021年9月号 ある会津人と小泉八雲、そしてカエル 

<ある会津人と小泉八雲、そしてカエル>

高山ビッキ(100年カエル館)

50_20211002091201

 9月に入って急に気温が下がり、道脇の草むらからは秋の虫たちの“演奏会”が楽し気に響いてきました。

 日本人の暮らしの中には、スズムシやカジカガエルなど、心に染み入るような虫の音やカエルの鳴き声を愛でる風習が古くからありました。その美意識は、日本人特有とまでは言えなくとも、西洋人にはあまりない自然観であることを、異国からの来訪者の視点で評価したのは、小泉八雲、ラフカディオ・ハーン(18501904/以下ハーン)です。今でも日本では特にその短編小説『怪談』で親しまれています。

 ハーンがビッキ(=カエル)と呼ばれていたと教えてくださったのは、私がビッキと名乗っていることを知った、島根県松江市にある小泉八雲記念館館長で、ハーンのひ孫でいらっしゃる小泉凡さんでした。

 小泉館長には100年カエル館企画のフォーラムで二度ほど「小泉八雲とカエル」をテーマに講演をしていただいたことがあります。掲載した広告画像は、2011年に上野動物園で開催したときに制作したものです。カエル型宇宙人という設定の漫画のキャラクター、ケロロ軍曹と、明治の日本にやってきたハーン。「カエル」を共通項にもつ両者の「異界」からの視線を通じて、21世紀に求められている自然との共生について語っていただきました。

 その打ち合わせで小泉館長に初めてお会いしたとき、喜多方(100年カエル館の所在地)にはとてもお世話になった方がいるとおっしゃっていました。ただその時は、お名前まで伺うのは遠慮しました。

 しかし、その後、歴史小説家司馬遼太郎のエッセイ「ある会津人のこと」を読んで、その方とは、私たち姉妹にとっては母校喜多方第一小学校のときの校長先生、秋月一江先生なのではないかと思い至りました。

 先生のご先祖である会津藩士秋月悌次郎は、明治に入って熊本第五高等学校で教鞭を執っていた時期がありますが、同じ頃、ハーンも同校に在職していたからです。

 ハーンは秋月翁を「近づくと暖かくなる暖炉のような人」「神様のような人」と尊敬していたとそのエッセイには書かれていました。

 会津人秋月悌次郎は、日本人の自然観同様、ハーンが発見し理想を見た日本の心そのものだったのでしょう。

■画像キャプション 

上野動物園で開催したフォーラムのチラシ。ケロロ軍曹の右隣はイラストに描かれたハーンの後ろ姿。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<関連サイト>

「100年カエル館」 http://kaeru-kan.com

「カエ~ル大学」http://kaeru-kan.com/kayale-u

カエル大学通信 www.mag2.com/m/0001378531.html

※ブログ「高山ビッキBlog」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/vikkiも配信中です。

 

|

« 2021年8月 | トップページ