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2020年5月27日 (水)

[カエル白書Vol.3」■カエルに見るもうひとつのジャポニスム

<カエルに見るもうひとつのジャポニスム>

セブン―イレブン記念財団『みどりの風』2019春号 「特集春の使者 カエル」掲載

高山ビッキ(100年カエル館副館長)

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 ■幼体から成体へ、カエルのように

 生れ育った福島県喜多方市の家の庭は阿賀川の下流の樒(しきみ)川に面していて、遊び場でもあった川原では、春になると雪どけ水の流れの煌めきに風はまだ冷たいものの、ネコヤナギと戯れては菜の花の黄色いそよぎにその到来を感じました。

 当然、夏の夜はカエルの合唱がかまびすしく聞こえましたが、カエルの〝姿形〟は家の中に。座椅子に座る祖父の背後にあり、祖父がひとつひとつ取り出しては磨く土や木や石などで造られたモノがわが家にとってのカエル。置物や小物のカエルの蒐集は祖父の趣味に始まりました。

 それが、現在100年カエル館を運営する私たち姉妹のいわば〝オタマジャクシ〟時代。成体になって水辺から上陸するカエルのように、故郷を離れてみると、活動範囲を広げれば広げるほどさまざまな〝カエル〟との出会いに恵まれました。

 

■カエル好きの仲間たちとの出会い

 東京で暮らすようになり、身近にカエルの鳴き声は聞こえなくなりましたが、買い物に出かければカエルの形をしたものは雑貨やアクセサリーから工芸品まで次から次へと。折しもバブル景気の頃、コレクションが充実していきました。

 同じようにカエルが好きで、カエルグッズを集めている人が意外に多いことを知ったのもその頃です。

 今では毎年「カエル展」や「カエルまつり」を開催する場所が全国にありますが、カエルファンの集いを最も早く始めたのは自らもカエル好きだった幕末・明治に活躍した絵師河鍋暁斎を記念する河鍋暁斎記念美術館(埼玉県蕨市)の運営による「かえる友の会」です。1987年の発足で、毎年、会員の蒐集品を紹介する「かえる展」とグッズなどの販売を中心とした「かえる秋まつり」を開催しています。

 一方でそうした動きに反比例するようにこの頃から、世界的な自然環境の悪化により、カエルの個体数は減少が懸念されるようになります。そして、そのことが私も含め生きもののカエルにそれほど関心がなかったカエルファンの視野をも自然環境まで広げることに繋がりました。

 

■100年カエル館とカエ~ル大学

 カエルが繁殖期に自分が産まれた水辺に帰る、帰巣本能に通じるものでしょうか、故郷を離れて長くなった姉と私は、2004年に喜多方の実家を活用してそれまで蒐集してきたモノのカエルを展示紹介する100年カエル館を立ち上げました。祖父同様、カエルに関する蒐集に情熱を注いだ両親がまだ健在だった頃。父が他界した後休館した時期がありましたが、2016年に再開。

 同時に、それまでWEBサイト上に開設していたカエ~ル大学をスタートさせました。学生(会員)の方は、カエルの御守も入手できるカエル縁(ゆかり)の社寺をはじめ全国の〝カエルスポット〟を巡る人、カエルが描かれた美術作品に興味のある人、カエルの観察をしている人など、カエルへの係わり方も多岐にわたっていることに驚かされます。 

 それにしてもなぜ今カエルやカエルの造形物に惹かれる人が多いのでしょうか。

 

■身近なのに知らないカエルのこと

 現在、日本のカエルは48種類(亜種を含む)が記載されていますが、南北に長い日本列島では、北海道であれば7種類、100年カエル館のある福島県では12種類、関東各県で1214種類、そして、沖縄県には約21種類生息しています。

 全国で平均的に知られているカエル(本州に分布するカエルとします)は、小さくて庭などで見つけるとついつい手にのせたくなるアマガエル、信楽焼など陶製のガマガエルのモデルでもあるヒキガエル、「鳥獣戯画」にも登場するトノサマガエル、水辺の樹の上で泡に包まれた卵から産まれるモリアオガエル、渓流の石の間で綺麗な鳴き声を響かせるカジカガエルなどが挙げられるでしょう。

 では、シュレーゲルアオガエルはご存じでしょうか。カエルグッズに負けない愛くるしい表情と、日本のカエルとは思えない名前。しかしれっきとした日本の固有種です。

 このカエルに生物学におけるジャポニスムを見ることがあります。

 

■カエルともうひとつのジャポニスム

 本来ジャポニスムとは、19世紀末に欧米で起こった美術ムーブメントで、幕末から明治にかけて日本から流出した江戸の絵師たちによるすぐれた絵画表現が当時の欧米のアーティストの作風に影響を与えました。

 最近、このジャポニスムにスポットが当てられ、日欧両方で大きな展覧会も開催されて話題になりました。

 その、海を渡った作品の数々を描いた絵師の代表に葛飾北斎が挙げられますが、他に伊藤若冲、歌川国芳、そして河鍋暁斎など数々います。影響を受けた欧米の画家には、ゴッホ、ドガ、モネ、工芸家ではエミール・ガレ他多数挙げられるでしょう。

 そのような江戸絵画には、北斎の「北斎漫画」に描かれたカエルや「朝顔に蛙」をはじめ、カエルが描かれた作品を見つけることは難しくありません。一方で、欧米のジャポニスムの作家の絵画や工芸品もしばしばカエルをモチーフに表現されています。

 日常的に使う調度品や食器にもカエルの意匠が見られることで、それまでグロテスクとさえ見ていたカエルに対する、欧米人の自然観を変えたという捉え方もされています。

 そして、当時、他にも海外に流出したものがありました。ドイツの博物学者シーボルト(1796―1866)が収集した動植物の標本です。その標本や資料をもとに研究執筆された本が『Fauna Japonica(日本動物誌)』で、その執筆者の一人に、シュレーゲルアオガエルにその名を残す、ドイツ人でオランダのライデン博物館の二代目館長を務めたヘルマン・シュレーゲル(1804―1884)がいます。

 48種類の日本のカエルの中にシュレーゲルアオガエル以外にも、外国人の名前のカエルがいるのは、日本の両生類に関する研究において、幕末・明治以降、最初にカエルに興味をもったのは欧米人だった名残でしょう。

 江戸時代以前にさかのぼれば、日本には千年ほど前に書かれた分類の和辞書『和名抄』に、動物を分類した巻があり、蛙は蛇や昆虫などとともに蟲豸類(ちゅうちるい)に入れられています。カエルが表現された遺物や絵画も縄文土器から江戸絵画まであり、カエルが日本の文化の中に豊かに息づいていたことを感じます。

 ところが、近代化とともに〝冬眠〟したかのように、日本においてあまり意識されなくなったカエル。再びカエルに興味をもつ人が増えた21世紀の今、人なつこい表情のシュレーゲルアオガエルは、その〝もうひとつのジャポニスム〟について語っているように思えます。

 

※「カエル白書」(A5版 モノクロ 68ページ)Vol.1とVol.2は1冊1000円(税込・送料込)で販売しております。100年カエル館HP http://kaeru-kan.com でお申し込みいただけます。

Vol.1内容/◎黙阿弥のひ孫、演劇研究家氏のコレクション展(福島県立博物館にて)報告 ◎明治生まれのカエルグッズコレクター、小澤一蛙のコレクションから見えてきたこと ◎自然とカエルの話題 ◎カエル文化的話題 ◎高山ビッキ連載カエルコラム 他

Vol.2内容/◎「カエルアートミュージアム~進化するカエルアート」展(京王プラザホテルロビーギャラリーにて)報告 ◎カエル先生、岩澤久彰コレクション展」から見えたこと ◎第20回記念両生類自然史フォーラム報告 ◎カエルグッズでめぐる世界の“カエル旅” 他

※ブログ「高山ビッキBlog」http://kaeru-kan.cocolog-nifty.com/vikkiも配信中です。

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