<日本両生類研究会の20周年記念誌『両生類に魅せられて』の紹介>
日本両生類研究会(会長高橋久)は、昨年12月に『日本両生類研究会20周年記念 両生類に魅せられて』を刊行しました。
同誌には長年に亘って両生類の調査研究を続けて来た研究者や新しい視点で両生類の調査研究にとり組んでいる研究者の方々が寄稿されています。いずれもタイトルが物語るとおりカエルやサンショウウオに魅せられて研究活動を続けて来られた方々ばかり。
今回の「カエル白書」では、同誌『両生類に魅せられて』に報告された、カエルについての調査研究を取り上げ高山ビッキの視点からご紹介いたします。研究者の調査研究を通して撮影された、どこでどのように生息しているかが伝わるカエルの写真の数々も見どころのひとつ。表紙は前田憲男さんのアズマヒキガエルの写真です。
<「第1章 長年の調査研究の成果」よりカエルについての報告を紹介>
トノサマガエル(新井克彦・画)
■土井敏男さん(元神戸市立須磨海浜水族園)の調査研究から見えたナゴヤダルマガエルについて
日本のカエルには似て非なる種にトノサマガエルとダルマガエルがいることを知って、驚いたことがあります。さらにそのダルマガエルにはトウキョウダルマガエルとナゴヤダルマガエルもいて、またさらに「ナゴヤダルマガエルには岡山種族と名古屋種族があり、両者は形態や鳴き声が異なり、遺伝的に分化している(松井・前田,2018)」ことにカエルの世界の複雑さを知る思いがしました。
土井さんは神戸市で見かけることが少なくなったナゴヤダルマガエルについて1997年からその生息状況を調査し始めました。その20年以上の調査研究の歩みを「神戸市におけるナゴヤダルマガエルの研究史」として報告しています。
神戸のダルマガエルは岡山種族と名古屋種族のどちらの系統か。両者の分布域に挟まれた神戸市のダルマガエルについて、土井さんは外部形態と遺伝的解析いずれからも両種族の中間、もしくはトノサマガエルとの交雑の可能性も考えられると報告しています。
■桑原一司さん(日本オオサンショウウオの会)のグループの調査研究から見えた二ホンヒキガエルについて
似て非なる種といえば、亜種の関係にある二ホンヒキガエルとアズマヒキガエルが西と東に分かれて生息していることも、日本のカエルの興味深いところではないでしょうか。
二ホンヒキガエルの生息地は、本州の近畿より西南部、四国、九州と屋久島までの島で、アズマヒキガエルは近畿より東方に生息しています。近年どちらもその生息数の減少が懸念されるなか、桑原さんのグループは1997年から調査を始めた島根県邑南町(おおなんちょう)に生息する二ホンヒキガエルについて、その産卵地が消滅している現状を報告しています。
ヒキガエルの産卵地は、新鮮な水が保たれる「止水」と呼ばれる場所で、そこに農業や道路工事等を通じて人がどうかかわったかで良くも悪くも環境の変化が見られることに、人とヒキガエルのこれからの関係について考えさせられました。
■小賀野大一さんと吉野英雄さん(千葉県野生生物研究会)、長谷川雅美さん(東邦大学理学部)の調査研究から見えたヌマガエルについて
ヌマガエルの本来の生息地は、本州中部以西、四国、九州、そして先島諸島を除く南西諸島ということで、関東以北を生活圏としている人々にとってはあまり馴染みのないカエルだったのではないでしょうか。
ところが20年ほど前からなぜか関東地方でもヌマガエルが発見されるようになったそうです。小賀野さんのグループでは、「房総半島における国内移入種ヌマガエルの分布:発見後20年間の変化」と題してその分布拡大について報告しています。
移入の理由は植物などの搬送に伴う人為的なものから水鳥によるものまでいろいろと考えられるようですが、今後も拡大すると予測されるヌマガエルの分布は、自然環境に及ぼす影響も含めて両生類の研究者の間で大きく注目されているカエルの動向のひとつです。どんなところに生息しているのか細かく報告されているので私たちも気にかけてみたいものです。
カジカガエルを思わせる石製のカエル(100年カエル館蔵)※記念誌には掲載されておりません。
■細井光輝さん、長谷川嘉則さん(公益財団法人かずさDNA研究所)の調査研究から見えたカジカガエルについて
カジカガエルは、アマガエル、ヒキガエル、トノサマガエルなどと並んで、日本のカエルの中でも一般的によく知られた種と言えるのではないでしょうか。ただし、その姿を目にすることより、夏に渓流から聞こえてくるその鳴き声の美しさで、平安の昔から歌に詠まれるほど人を魅了してきた蛙(かわず)です。
師弟のご関係でもある細井さんと長谷川さんは、記念誌に「兵庫県とその周辺におけるカジカガエル幼生2型の分布状況」を報告しています。お二人は幼生おたまじゃくしの歯列の地方的変異を発見したことから、各地の幼生の観察と記録を『カジカの記録帳』としてまとめました。
日本のカジカガエルを東北(NE)型と西南(SW)型の2つのタイプに命名。その両方が混在する特異な地域が兵庫県で、特に鳥取県東部から兵庫県南部に流れる蒲生川の支流の小田川は両者が激突するホットスポットになっているそうです。カジカガエルのことを「小田の蛙」呼ぶことに通じているのでしょうか。
■南部久男さん(日本両生類研究会)の調査研究から見えたナガレヒキガエルについて
本州には東にアズマヒキガエルがいて、西に二ホンヒキガエルがいますが、本州中部(中部地方、近畿地方)には渓流内で繁殖するナガレヒキガエルがいます。(さらに沖縄県など南にはオオヒキガエル、アジアヒキガエル、ミヤコヒキガエルが分布していることを考えると、日本を北から南までヒキガエルで語ることもできるかもしれません。)
南部さんは東西のヒキガエルと分布域が重なるナガレヒキガエルに着目し、記念誌に「渓流におけるヒキガエル類の繁殖」として報告しています。
20年以上に亘って調査した野積川が流れる富山県は、アズマヒキガエルとナガレヒキガエルがどちらも生息しています。調査では渓流内でアズマヒキガエルとナガレヒキガエルの雑種が形成された過程を追い、その背景にあると考えられる渓流環境の変化について論じています。
■尾形光昭さん(横浜市繁殖センター)、三浦郁夫さん(広島大学両生類研究センター)の調査研究から見えたツチガエルについて
著者のお一人三浦さんに高山ビッキは『ときめくカエル図鑑』のために取材させていただいたことがあり、研究対象としてのツチガエルの興味深さについてお話を伺いました。
記念誌には「ツチガエルで起きている地域集団および種間のせめぎ合い」について報告しています。
ツチガエルは、本州、四国、九州に広く生息する日本の固有種ですが、性別の決定にかかわる性染色体や性決定様式の違いから日本国内で、大きく5つの集団に分けられるそうです。尾形さんと三浦さんは、その地域集団各間でせめぎ合うように2つの集団が存在し、交雑を見せている場所を調査、特に琵琶湖南部や紀伊半島南部にせめぎ合いが見られることを報告しています。
また執筆者のお二人は、今世紀に入りサドガエルを発見し新種記載したことで注目されました。報告では、佐渡島におけるツチガエルとその近縁種であるサドガエルのせめぎ合いについても報告しています。
<「第2章 最新の研究成果とあらたな視点」について>
カエルを含む両生類に関しては、今世紀に入って若い研究者の方々が少しずつ増えているのではないえしょうか。本記念誌第2章ではそんな若手の研究者の方々を中心とした両生類に対する新たな視点の研究成果が報告されています。
佐々木彰央さんによる「両生類とヒル類の関係」などこれまであまり着目されなかった切り口や、これからの両生類研究に求められる教育の大切さなどについての現場からの報告をとても興味深く読むことができました。
<「第3章 両生類研究をめぐるこの20年」について>
日本両生類研究会が創設されてからの20年の歩み(熊倉雅彦さん)とともに、この20年で記載された新種や分布を拡大している外来種について(藤田宏之さん、佐藤直樹さん)取り上げられています。また、創設以来毎年発行されてきた機関誌「両生類誌」は、毎号その表紙に描かれた愛らしくも精細に表現されたカエルやサンショウウオの生物スケッチが魅力のひとつでした。創刊号から30号までの表紙絵を描いたのは同両生類研究会の野村卓之さんで、第3章では「両生類誌の表紙を飾った両生類」として各号の表紙画像を描いたときのエピソードとともにご覧いただけます。31号からの表紙絵は佐野美優さんにバトンタッチされています。
また、カエルについてコラムでは「君は何ガエル?―DNA解析からみたトノサマガエルとナゴヤダルマガエルの種間交雑―」(岩澤淳さん、光田佳代さん、冨樫麗衣さん)や、独自の視点でカエルを写真アートとして撮影する写真家吉村雅子さんの作品と撮影秘話が紹介されています。
<日本両生類研究会20周年記念誌『両生類に魅せられて』の編集に参加して>
高山ビッキは本記念誌に、日本両生類研究会の創設者であるまさに両生類に魅せられて研究生活を送った故岩澤久彰先生とカエルとのかかわりについて書かせていただき、カエルについて自然史のみならずカエルグッズを含め文化的に興味をもつ人々が増えたこの20年を振り返りました。
そして、編集にかかわらせていただいたことで、日本の両生類であるカエルの調査・研究から見えたことに対して理解を深めることができました。
特にここでも紹介したようにヒキガエルやダルマガエル、カジカガエル、ツチガエルなど聞き覚えのある名前の日本のカエルたちについて研究者が時間をかけて調査することで、そこに生息していたはずの種が減少もしくは消滅していたり、種と種の間で分布域のせめぎ合いが見られ交雑種が確認されたり、種によっては何らかの理由で本来の生息地ではないところに移入し分布域を拡大していたりと、非常に激しい変化が起こっていることを知りました。そうしたカエルの動向に対して人間がとるべき行動も含め、私たちとカエルのこれからの関係を考える上でベースになる知見をいろいろと示してくれる一冊です。
(高山ビッキ)
※日本両生類研究会20周年記念誌『両生類に魅せられて』は、市民科学出版 https://kahokugata.stores.jp/ やアマゾンからご購入いただけます。日本両生類研究会についてはhttp://www.nbs.jpn.org/ をご覧ください。
※「カエル白書」(A5版 モノクロ 68ページ) Vol.1とVol.2は1冊1000円(税込・送料込)で販売しております。100年カエル館HP http://kaeru-kan.com でお申し込みいただけます。
Vol.1内容/◎黙阿弥のひ孫、演劇研究家氏のコレクション展(福島県立博物館にて)報告 ◎明治生まれのカエルグッズコレクター、小澤一蛙のコレクションから見えてきたこと ◎自然とカエルの話題 ◎カエル文化的話題 ◎高山ビッキ連載カエルコラム 他
Vol.2内容/◎「カエルアートミュージアム~進化するカエルアート」展(京王プラザホテルロビーギャラリーにて)報告 ◎カエル先生、岩澤久彰コレクション展」から見えたこと ◎第20回記念両生類自然史フォーラム報告 ◎カエルグッズでめぐる世界の“カエル旅” 他
最近のコメント