「カエル白書Vol.3」■絵本の中に“生息する”カエルたち/カエルの絵本を通してカエルが生息する自然やカエルの生物的特徴を知る
絵本の中に“生息する”カエルたち
「カエル白書Vol.2」には2018年の100年カエル館東京ギャラリーで行った展示や最終講座のテーマとして、絵本の中のカエルたちの「自然や生物学的情報が反映されている」作品についてふれました。2019年のカエ~ル大学講座では7月に行った第2回講座で「民俗を反映した絵本を中心に」をテーマについてお話いたしました。「カエル白書Vol.3」では100年カエル館に収蔵されている国内外、発行年代もさまざまなカエルの絵本をもとに「絵本の中に“生息する”カエルたち」についてまとめてみました。
<自然や生物的特徴が反映されているカエルの絵本>
絵本の世界はファンタジックな世界であり、リアルな世界とかけ離れたことが起こっても何の不思議もないでしょう。けれどもカエルが登場する童話や絵本には、舞台設定としての「自然環境」、キャラクター表現につながるカエルの「種類」や「行動」、ストーリー展開に欠かせない他者との関係性を生む「天敵」や「捕食」、季節変化の描写にかかわる「変態」や「冬眠」など自然のリアリティが細やかに描かれている作品が多いことに気づき、ファンタジーとネイチャーがとても近い関係にあることを実感します。
■カエルの生息地
カエルはその一生において水と陸の両方を必要とする生きもので、幼生(オタマジャクシ)の頃は水の中で暮らし、カエルになって陸上生活を始めても繁殖シーズンにはまた水辺を求めて戻ってきます。
絵本の中によく見られる水辺は、主に池、湖沼、川などです。洋の東西どちらにも当てはまり、川ではケネス・グレアムが著した英国の童話『たのしい川べ』(ケネス・グレアム(著)石井桃子(訳)E.H.シェパード(イラスト)岩波少年文庫 原題は『The Wind in the Willows(柳に吹く風)』は、テムズ川支流が舞台。E.H.シェパードが挿絵を描いた本には表紙見返しページに“我らが”ヒキガエル氏を始め登場キャラクターたちが暮らす川べの全図が見られ、これはその後に出版されたカエルを表現した日本の絵本へも影響を与えたのではいかと想像します。
湖沼はピーターラビットの“仲間”でもあるジェレミー・フィッシャーどんの生息地。彼は英国の湖水地方の“出身”です。日本では2018年に亡くなった絵本作家のかこさとしさんが生んだ『おたまじゃくしの101ちゃん』で「いちべえぬま」にすむおたまじゃくしたちのおかあさんが、ザリガニとたがめに狙われた「101ちゃん」を助けるために戦います。元々この作品のタイトルは『市べえ沼の大じけん』だったそうです(かこさとしのおはなしえほん6「あとがき」より)。
スペインの絵本『かえるのおいけ』には、池の替わりになるなら庭の金盥(かなだらい)でも家のお風呂でも水のある場所を求めるカエルの家族が登場します。カエルたちの水不足問題に協力したのは、その家に暮らす少年。1990年に刊行された翻訳絵本ですが、現在につながる環境問題を考えさせるテーマにもなっています。
『たのしい川べ』ケネス・グレアム(著)石井桃子(訳)E.H.シェパード(イラスト)岩波少年文庫
■カエルの種類
絵本の中に種名のわかるカエルが登場すると、どんなキャラクターに描かれているか興味が湧きます。たとえばアマガエルはおもてなしが得意な旅行会社の添乗員さんに。自作のペットボトルのボートで陸の生きものを水の中の生きもののリアルな生活に案内する『あまがえるりょこうしゃ』を営んでいます。アカガエルはヤマカガシに飲まれたカエルを見て“ぼんやりびょう”になってしまったナイーブな『あかがえるのビルとタルタル』。草山(くさやま)万(ま)兎(と)作の『へびをたいじしたカエル』では、二ホンアマガエルと中南米に生息するヤドクガエルが友達になってシマヘビを退治するというありえなさそうな出会いも。草山万兎とは霊長類学者の河合雅雄氏が児童文学を手がけるときの筆名です。
『あまがえるりょこうしゃ』松岡達英(文・絵) 福音館書店
『ヘビをたいじしたカエル』草山万兎(作)あべ弘士(絵)福音館書店
■カエルの行動(鳴く、跳ぶ)
カエルといえば鳴くという印象が強い生きものです。種類によっても鳴き方が違うのでそれはさまざまな楽器や声で曲を奏でる音楽家になぞらえられます。その“音楽”に魅了された仔犬がオタマジャクシを雌鶏の子育てに倣って育てる、愛らしい『しりたがりやのこいぬとたまご』(イバ・ヘルツィーコバー(著)ズデネック・ミレル(イラスト)千野栄一(訳)偕成社 )という絵本があります。その他、『トランペットを吹く子ガエル』もいれば、コーラスで雨を呼ぶ『ぴょんぴょこガエル』もいます。一方、カエルは跳んだり、跳ねたりする能力が高い印象もあり、カエルが野外で遭遇するさまざまな危機的状況に、読み手が『とべ、カエル、とべ』と応援して読む絵本もあります。
『しりたがりやの こいぬとたまご』イバ・ヘルツィーコバー(著)ズデネック・ミレル(イラスト)千野栄一(訳)偕成社
■カエルの天敵
『おたまじゃくしの101ちゃん』のお母さんガエルは、「たがめ」と「ざりがに」といった天敵に狙われますが、カエルの絵本では天敵の登場によってハラハラさせられることが大きな山場になる場合があります。
ところが、絵本『カエルくんのおひるね』では、カエルくんは4匹1羽の天敵に狙われますが、何の抵抗をすることもなく、昼寝をしている間に危機を脱します。天敵にも天敵がいる生態系の関係をみごとに活かした展開の絵本。カエルくんは最初あまり元気がなかったのですが、最後に昼寝から目を覚ますとすごく何だか嬉しくなります。カエルくんを最大の天敵から救い、元気にしてくれたのは何者でしょう。答えは雨をもたらしたカミナリです。
『カエルくんのおひるね』宮西達也(作・絵)鈴木出版
■カエルの捕食
カエルは肉食で自分の口から入る大きさで生きて動くものが目の前にあると、何でも食べようとする捕食行動から貪欲さを象徴する存在とされることもあります。
そんな行動から生まれたと思われる絵本がレオ=レオ二作の『ぼくのだ!わたしのよ!』です。3匹のカエルが、飛んでいるチョウチョウをはじめ何につけ「ぼくのだ!わたしのよ!」とケンカに。そんな関係を変えてくれたのは、3匹が雷雨に見舞われて流されそうになったとき大水の中で岩のような背中に3匹を乗せ助けてくれた1匹のヒキガエルでした。
最後は再び元気にチョウチョウを追いかけながらも「みんな みんなのものよ」と思うカエルたち。こんなふうに絵本ではカエルが子どもたちにシェアする精神を教えられるのも、その捕食行動の賜物かもしれません。
『ぼくのだ!わたしのよ!』レオ・レオーニ(作)谷川俊太郎(訳)好学社
■カエルの変態
卵からオタマジャクシ、幼体、成体と変態する成長過程をもつカエルは、絵本作家にとって願ってもない存在かもしれません。自然がストーリー展開を導いてくれるからです。もちろん魅力的なファンタジーにはその絵本にしかないアイデアも光っています。
先述した『しりたがりやのこいぬ』は、カエルの卵を鶏のお母さんを見習って自分の子どものように育てようとします。読み手は「それやっちゃダメ!」と突っ込みを入れたくなるハラハラ感で付き合うことに。でもその結果目にするカエルの素敵なパフォーマンスを、おっちょこちょいだけど一生懸命なこいぬくんと分かち合えます。
『おしゃれなおたまじゃくし』(さくらともこ(作)塩田守男(絵)PHP研究所 )もカエルの「変態」がモチーフの愛らしいお話。子どもの成長が早くて洋服がすぐ着れなくなるのは人間も同じだけど、カエルに比べれば……。しっぽのあるオタマジャクシから無尾目のカエルへ。ウサギの洋服屋さんの苦労が伝わる絵本でした。
『おしゃれなおたまじゃくし』さくらともこ(作)塩田守男(絵)PHP研究所
■カエルの冬眠
生れて1年目のカエルにとって冬眠は生死をかけた一大事のようです。経験がないために場所選びに失敗し、翌年の春を迎えられない個体もいるのだとか。
そんな自然界におけるきびしい状況も、絵本では土の中で眠る子ガエルたちの初めての冬がほのぼのと描かれる場合もあります。時期的にクリスマスと結びついた作品も見られ、先に紹介した7匹の「おしゃれなおたまじゃくし」たちは、同シリーズの『サンタさんだよかえるくん』では大きな木の根もとの家の中で楽しかった1年の思い出を夢見るように仲良く並んでベッドの上で眠っています。そこへトナカイのソリから落っこちたサンタクロースがやってきて……。いわむらかずお作品の『カルちゃんエルくんいいないいな』には、モグラのサンタさんからのプレゼントが気になってしかたがない2匹の子ガエルが登場します。
クリスマスシーズンに冬眠するカエルたちが、イースター(復活祭)の頃に無事目を覚ますことができますように。そんな願いをもって読むと一層愛おしさが増す、絵本の中で冬眠をしている子ガエルたちです。
『カルちゃんエルくんいいないいな』いわむらかずお(作・絵)ひさかたチャイルド
■生態系とカエル
カエルは自然界の生態系ピラミッドの中間に位置する生きもので、自分より大きな生きものからは食べられることがあり、自分より小さな生きものを食べて生きています。カエルは陸上では単独行動をとるなかで、むしろ自分が食べられるかもしれない天敵や、自分にとって食べ物となる小動物を含め他の生きものたちと出合うことが多いかもしれません。
そんな自然界の関係性を反映してか、カエルがいろいろな動物たちとともに登場する絵本も少なくありません。たとえばウクライナ民話を再話した絵本『てぶくろ』では、冬の森の中におじいさんが落とした片方の手袋にネズミが冬を過ごす仮住まいをつくり、カエルからクマまで合計7匹の動物たちが同居することに。同じく限られたスペースにどんどんいろんな動物が入ってくるのは『ねじまきバス』で、その中にはカエルも。カエルはこのねじまきバスが橋の上で壊れて立往生したときに、「ケロケロジャンプ!」で急場をしのぎました。
ウクライナ民話再話 エウゲニー.M.ラチョフ(絵)内田莉莎子(訳)福音館書店
たむらしげる(作)福音館書店
■環境問題とカエル
1980年代以降に出版された絵本には環境問題を背景にしたものも見られます。この場合はいわばその原因をつくっている人間との対立関係で話が展開することがあります。『かえろがいけ』という絵本があります。小さな池で「そっくりかえる」と呼ばれていばっている大きなカエルがいた。その池にはもっとかしこくてつよいかっぱがいたと教えられ、そっくりかえるは自分の力を示すためその池をゴミで汚す人間たちにやめるようにと、葉っぱでかっぱの格好をして挑むが効果はなし。ところが同じ池にすむカメが人間に殺されたことで、その甲羅を使ってりっぱな「かっぱそっくりかえる」になり人間に脅威を与えて池の仲間たちを救うお話です。
絵本で人間はカエルにとって天敵よりも恐ろしい環境問題の原因をつくることがありますが、「生息地」で紹介したスペインの『かえるのおいけ』や日本の『かえるのアパート』などのように幼い少年がカエルの問題解決に力を貸す役割を果たすことも。子どもたちはカエルが遭遇している環境問題が未来の自分たちの問題になることを本能的に知っているのかもしれません。
(高山ビッキ)
※「カエル白書」(A5版 モノクロ 68ページ)Vol.1とVol.2は1冊1000円(税込・送料込)で販売しております。100年カエル館HP http://kaeru-kan.com でお申し込みいただけます。
Vol.1内容/◎黙阿弥のひ孫、演劇研究家氏のコレクション展(福島県立博物館にて)報告 ◎明治生まれのカエルグッズコレクター、小澤一蛙のコレクションから見えてきたこと ◎自然とカエルの話題 ◎カエル文化的話題 ◎高山ビッキ連載カエルコラム 他
Vol.2内容/◎「カエルアートミュージアム~進化するカエルアート」展(京王プラザホテルロビーギャラリーにて)報告 ◎カエル先生、岩澤久彰コレクション展」から見えたこと ◎第20回記念両生類自然史フォーラム報告 ◎カエルグッズでめぐる世界の“カエル旅” 他
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