« はじめましてコトバデフリカエルです | トップページ | 1994年 僕のコンコルド »

2012年7月 7日 (土)

1994年 ページの中の赤い色

Photo Photo_2 Photo_3

「ページのなかの赤い色」

片岡義男 文・写真

アメリカの雑誌を見ていると、びっくりするような光景に出会うことが、しばしばある。びっくりするような光景とは、雑誌というものを構成しているページの上での、ある種の大胆なデザイン処理のことだ。その大胆さをひと目見て僕は充分に驚く。そしてその驚きは楽しさであり快感であり、芸術的と言っていい感銘でさえある。だから僕はアメリカのさまざまな雑誌を見ることを、やめるわけにはいかない。

雑誌でも本でもページを作っている紙は、まず圧倒的に白い紙が多い。そうではない場合もあるが、文字が大量に印刷されるためのページは、基本的な了解ないしは前提として、白なのだ。そしてその白いページの上に、文字は黒い色で印刷される。黒い色ではなくともいっこうにさしつかえはないが、白いページに言葉が大量に印刷されるとき、その文字の

基本色は黒だときまっている。

白いページに、黒い色の文字で、大量に印刷されたさまざまな言葉。この白と黒の世界に、鮮やかな色彩を持ち込むとしたなら、その色はまずどの色よりも先に、赤なのではないか。ページのなかの赤い色。その赤の大胆な使い方の例が三つ、ここにある。

35ミリのマイクロ・レンズが作る遠近法のなかで、ページのなかの赤い色を、僕は写真機のファインダーで、つまりフィルムのあの長方形で切り取り、撮影してみた。一定の長方形の枠で切り取る行為は、それ自体がひとつのデザイン行為だ。白いページに黒い文字、そしてそこに加えた赤い色というデザイン行為の結果である。完成された雑誌のページを、僕は写真機でもう一度、デザインしなおしている。

それにしても、ここにあるこの三とおりの赤は、ものすごいとしか言いようがない。ページの白は、陽に照らされた世界だろうか。その上に刷り込まれた文字の黒い色は、闇の世界を抽象的に代表している。言葉というものは、闇の奥から陽のなかへ出て来る。そして鮮やかな彩りである赤い色は、大地の象徴だ。

(199411月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と写真は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。

|

« はじめましてコトバデフリカエルです | トップページ | 1994年 僕のコンコルド »

僕の日常術 片岡義男」カテゴリの記事