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2012年7月13日 (金)

2000年 綺麗という名の遺伝子

<特集テーマ・綺麗(きれい)の意味>

「誰もがもっている〝綺麗〟という名の遺伝子」

高山ビッキ・文

「きれいになりたい」とは、女性なら誰もが望むことですが、そこで話題になることの多くは、ダイエットにエステ、コスメ情報といった外見上のきれいハウツーです。

しかし今回、私たちは「綺麗」とあえて漢字を当てはめて、日本古来の「綺麗」観に立ち返り、憧れの綺麗な人々のお話を伺うことで、もっと「綺麗」の本質と未来を見つめてみたいと思いました。

綺麗な人々は、外見上のきれいハウツー以前に、綺麗に生きる決意をしています。生活の行動規範に「綺麗」を捉え、ファッションやインテリアはいうまでもなく、人間関係の築き方まで、生活の一瞬一瞬において「綺麗か、綺麗でないか」を選びとっています。

また意外にも「綺麗」は決して純粋を尊ぶわけではなく、綺麗な人々は時に、綺麗でない状態、たとえば人間関係の辛さや仕事上の大変な苦労などをしっかり受け止め乗り越えて、その先に「綺麗」を見出す荒技もやってのけます。

「綺麗」は美のように絶対的ではなく「かわいい」のように甘くもない。「綺麗」は天性のものではなく、生き方であり、誰もがめざすべき人生の美意識です。

なぜなら「綺麗」は自分の思い込みだけでは決して得られない相対的なものであり、人と人の間でしか磨かれない人間的なもの。

でも、誰もがもっている遺伝子である限り21世紀に向けて地球の壊れた部分を回復させるのも、人が「綺麗になろう」とする意志にほかならないと思います。

BREAK

「少女の夢想が紡ぐ綺麗

~源氏物語からバービー人形まで」

タイムトリップできるとしたらどの時代に暮らしたいだろうか。現代語訳の『枕草子』などを読むと、「アレが綺麗」「コレが素敵」「アッチの方が可愛い」と賑やかな女性たちの声が聴こえてくるようでとても楽しそう。でも、それは貴族の世界で、一般庶民に生まれたらやっぱり現代がいちばん楽しいのかな、などと考える。

そして、ここで文学史上の思い掛けない発見。素人が知る限り、平安時代には紫式部や清少納言など散文を書く女流作家が輩出されているのに、その後の時代から江戸時代までの武家社会になってからは、散文の書き手で有名な女性を知らない。

その後というと、いきなり時代は近くなり、明治の樋口一葉、大正・昭和期の吉屋信子といった女流作家の名前が浮かぶ。そのあたりのことを作家の近藤富枝さんに伺うと、その解釈で大旨間違いないでしょうとお答を頂いた。そこで素人的深読みは続く…。

武家社会では女性は家に縛られて、ゆっくり文章を書く魂の自由などなかったのではないか。一方、平安時代は通い婚だから日常的に男性に縛られることがなく、また明治以降は近代化によって男女平等の考えが導入され、女性が少しずつ魂の自由を回復していった。

平安時代の『源氏物語』から昭和初期のモダンガールに影響を与えた、吉屋信子の『花物語』まで、時代が変わっても、女性の夢想は「綺麗」を生む。吉屋文学は中原淳一の装丁も美しく、その綺麗さゆえに戦時中、発禁処分を受けたが…。

平成の現代、女性は、結婚しているいないに関わらず、自由に生きようとする。そして、プロ・アマを問わず小説やエッセイを書く女性は多い。今も昔も、女の子はお人形ごっこをするが、そのときにつくるストーリー展開が小説(ロマンス)を書くレッスンになっているのかも。そして40年前に誕生したバービー人形は、同世代の女性たちや時代とともに洗練され、ますます綺麗になっている。つまり世の中が平和で女性の魂が自由である限り、「綺麗」は生き続けるだろう。

20009月ファッション専門店PR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが2000年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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