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2012年7月

2012年7月31日 (火)

2002年 旧マッケーレブ邸(先人の暮し方に学ぶ)

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雑司が谷旧宣教師館

「旧マッケーレブ邸」(東京・豊島区)

国境のない精神から生まれた

質実な洋館 高山ビッキ・文

豊島区の「雑司が谷霊園」付近は、都内の散歩スポットのひとつ。夏目漱石や小泉八雲など文豪も眠るこの霊園なら、機知に富んだゴーストに出会ってしまうかもしれませんね。この「旧マッケーレブ邸」はそんな散策者に偶然“発見”されることも多いようです。

現在、東京都及び豊島区の文化財に指定されているこの木造の洋館は、米国人宣教師ジョン・ムーディ・マッケーレブ(18611953)によって明治40年(1907)に建てられました。当時日本に数多く建てられたいわゆる外国人宣教師館のひとつです。

建物には、19世紀のアメリカ東部に見られた住居形態の特徴がよく表れています。全体のデザインは米杉(アメリカン・レッドシーダー)(シングル)で外壁を葺くシングル様式。また、森林資源が豊富で木造建築が主流だった19世紀のアメリカでよく見られた、カーペンター・ゴシック様式(ゴシック様式を大工の職人芸で実現する)が細部の装飾に生かされています。

テネシー州のナッシュビル郊外に生まれたマッケーレブは、クリスチャンとして高い理想に燃えて1892年に初めて日本にやってきました。そして1941年の日米開戦により帰国するまでの約50年間を日本で宣教師として活動しましたが、その理想は打ち砕かれることも多く、土地や資金を失うことも多々あったようです。それでも帰国後は、日系人収容所の慰問や日本への義援金の送付など我が国への支援を惜しまなかったと言います。

「私の国籍は天国にあるから」と考え、国境意識を持たなかったマッケーレブ。その帰国後、邸宅の住み手は何度か変わり、最後はマンション建設計画のため取り壊しの運命に差し掛かった時、住民運動が起こり、昭和57年に豊島区による保存が始まりました。マッケーレブの想いは半世紀の時を経て、私たち日本人に伝わったのでしょうか。

■ビッキの住宅温故知新

19世紀後半のアメリカ郊外住宅にみる

質素な贅沢

現在、日本の都市郊外にたくさんの洋風住宅がつくられているが、そのルーツとも言える原型は19世紀後半のアメリカの郊外住宅と言えるかもしれない。そのひとつの例がこの「マッケーレブ邸」である。

質素ながらシングル様式、カーペンター・ゴシック様式といった特色と全体に漂う品格を備え、今の日本人にも安心と普遍性を感じさせてくれる。間取りは上下階同様で、それぞれ三部屋あるコーナーにはすべてマントルピースが設けられているが、1か所の通気孔に集約させることで省エネを図っている。

ただし、1階の居間の暖炉のデザインだけはアールヌーボー風のタイルを使うなど、質素な中にもささやかな贅沢を忘れていない。また、開口部を大きくとった上下階の広縁はサンルームの役割を果たしている。広縁と食堂との間の窓は室内でありながら上げ下げ窓になっていることから屋外的な意味があったのかもしれない。

20024月住宅メーカーPR誌掲載)

■雑司が谷宣教師館

「旧マッケーレブ邸」

171-0032東京都豊島区東池袋1-25-5 TEL&FAX.03(3985)4081 開館時間:9:001630 休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、第3日曜日 祝日の翌日、年末年始、臨時休館日※ 入館料:無料 交通:東京メトロ有楽町線東池袋駅徒歩10分 東京メトロ副都心線雑司が谷駅下車10分 

※平成2472日~平成252月下旬まで事務棟建替えにつき臨時休館。

※この文章は高山ビッキが2002年に企業のPR誌に執筆した原稿をほぼそのまま掲載しております。また「旧マッケーレブ邸」様にも原稿及び画像の再使用にあたり許可をいただいております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月27日 (金)

1996年 大人の女のベクトル(映画 特集テーマ)

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<特集・映画/大人の女の原則>

映画で探るあなたの大人の女へのベクトル

高山ビッキ・文

“大人の女”のイメージを追求するとしたら?こんな「大人の女座標軸」を傍らにおいて、映画作品を見ながらあなただけの大人への道を模索してはいかがでしょう。X軸で<母性>対<父性>、Y軸で<プリティ>対<セクシー>を捉え、その2軸が交差するところに、まさに現代の「スーパー・アダルト」が見えてきます。

●プリティ・ママ

今も昔もいるかわいいお母さん、

プリティ・ママは大人の定番

比較的古典的なイメージで、なじみやすいのがこの「プリティ・ママ」。映画「潮風のいたずら」で記憶喪失のまま<母性>にめざめていく女性を演じたゴールディ・ホーンの<プリティ>ぶりはいち押し。

どこかヌケてて、ドジで、時々明るくヒステリックしちゃう。それでいて愛情豊かで、なかなか表面には出さないけれど本当はすごく賢かったりする。きっと子供と接することで育っていく、大人の知性の表現が、この「プリティ・ママ」なのだと思う。

また、映画「フォレスト・ガンプ」や「マグノリアの花たち」などで母親の良心ともいえる女優はサリー・フィールド。そのあたたかで日向の香りのする母親の感じも「プリティ・ママ」が見せる大人のイメージである。プリティ・ママの生きざまを追求してみては。

●ボーイッシュ・アダルト

ボーイッシュ・アダルトのキュートな知性

どこか大人になりきれない部分を残しながら、それでもやはり大人になろうと努力することで、その揺らぎがストイックな雰囲気の気品を生じさせてしまったようなタイプ。アネット・ベニング、ダイアン・キートンなどがこのタイプ。

ウォーレン・ビティと共演した作品「めぐり逢い」のアネット・ベニングのはかなげな美しさは、大人ならではの可憐さ。身をひきつつ、しかし本当に大切なものは心の中で守り続ける。それがこのタイプの身上である。

またダイアン・キートンと言えば、マニッシュなスタイルを自分らしく着こなしてしまうのが印象的。映画のワンシーンで、企画書を書いたり、イラストを描いたりするときの手の動きがすてき。少女っぽさに欠けるなと思う人は、この<父性>×<プリティ>の魅力を追求することで、あなたらしい大人の道が切り開けるかも。

●アンドロジナス・セクシー

クールビューティな大人の魅力

<父性>的で<セクシー>という、何やら妖しい雰囲気をもつこのタイプは、いわば先端の大人の女である。

筆頭にあげたいのは何といっても「氷の微笑」でバイセクシャルを演じたシャロン・ストーン。「スペシャリスト」の冒頭シーンでは、電話の声の存在感だけでシルベスタ・スタローンを誘導していく。その声が低くてセクシー。また、「クイック&デッド」では、戦う女を演じるが、同じタフネスでもスーザン・サランドンやジェシカ・ラングとちがい、ナイフのようなクールさが「アンドロジナス・セクシー」ならでは。

このタイプで他にあげられるのは、「エイリアン」のシガニー・ウィーバー、「ターミネーター」のリンダ・ハミルトン、「ブレード・ランナー」のダリル・ハンナ、そしてシャロン・ストーンを有名にした作品が「トータル・リコール」となるとこのタイプはSFが似合う大人の女である。

●タフ&セクシー

大地のようにすべてを包み込む

女性原理のタフ&セクシー

<母性>のおよぼす影響力の範囲が広すぎる、というのが、つまり、女性原理そのものの大地のような存在である。「プリティ・ママ」とちがい、<セクシー>の要素をもつためか、時に、母親として逸脱することもしばしば。その部分も含めてやはり<母性>の人である。

典型は何度といってもジェシカ・ラング。「ロブ・ロイ」では、愛する夫と娘たちを守るために体を張って生き抜く、あっぱれなほど強い母親役を熱演。「ブルー・スカイ」ではあんまりにも男好きで、夫と子供をハラハラさせるのだが、最後はやはり<母性>のままに戦う。相手役も相当度量のある人じゃないと務まらない。ちなみに実際のパートナーはサム・シェパードである。

他に、「激流」で体力をつけみごとに川下りをしたメリル・ストリープも、この「タフ&セクシー」に加えたい。

●スーパー・アダルト

スーパー・アダルトの

どうやっても割り切れない魅力

代表格にプッシュしたいのが、スーザン・サランドン。映画「依頼人」では、アル中のため離婚して子供も失う<母性>失格者であったものの、弁護士という論理で勝負する<父性>を身につけ、事件に巻き込まれた一人の少年を救う。でも少年に対する眼差しはあくまでも<母性>だった。

また、映画「ぼくの愛しい人だから」は、大人の女の<プリティ>と<セクシー>で、年下の男と結ばれるストーリーだが、実際のパートナーも年下。役者としてその才能が高く評価されているティム・ロビンスである。二人の間に<父性>の対等感があるのが大人の風格。

イメージ的には、ミシェル・ファイファーやキム・ベイジンガーもこのタイプ。またキャサリン・へプバーンなどいくつになっても現役で、若者にさりげなく示唆できる大女優は、<スーパー・アダルト>として敬意を表したい。

(19964月ファッション専門店PR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが1996年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2008年 ワークライフバランス消費(生活トレンド分析)

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脳内で“”バリと“ユル”を使い分ける

ワークライフバランス消費。

高山ビッキ・文

「脳」や「脳力」をめぐるマーケットの動きは、特に21世紀に入ってからとどまることがない。

テレビ番組「脳内エステ IQサプリ」(フジテレビ系列)をはじめとするクイズ番組が増え、ゲームソフトも「大人の計算ドリル」をヒットさせた医学博士・川島隆太による「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(ニンテンドー)がゲームの新市場を開拓し、脳科学者の茂木健一郎の唱える「脳を活かす勉強法」は、受験生から中高年にまで支持され、就職試験やビジネスの現場では「地頭力(じあたまりょく)」が求められているのだとか。

生活に根付いた「脳論」

脳に対する関心は、90年代以後着実に広がったが、このところの動きは、決して理論上のものではなく、実際の生活に根ざしたものとなっているのが大きな特徴だ。

脳への関心の高まりが脳科学そのものの発達の賜物であることはまちがいないが、それがなぜ、個人の消費生活にまで影響を及ぼしているのか考えてみたい。

バリバリとユルユル

それはひとつには「葡萄図(グレープアナリシス)」に示したように、「ワーク」と「ライフ」のバランスを個人の脳で管理していく時代になったからかもしれない。

21世紀に入ってIT社会が定着した結果、仕事をしようと思えば地球の時差を超えて24時間〝オール・タイム・ジョブ〟も可能だ。格差社会が問題になるなか、脳の使い方ひとつで収入に差が出るのもIT時代がもたらしたひとつの側面と捉えられる。

仕事と生活

最近「ワークライフバランス」という考え方が提唱されている。24時間高収入を得るだけが人生ではないし、これからの仕事は、もっと「ライフ」を通して人とのコミニュケーションを深めることが、さらなるステップアップに必要と思っているビジネスの成功者が増えているのだ。

そこで「葡萄図」では「ユル」と「バリ」を相対する位置に置いた。ちなみに「バリ」はバリバリ仕事をする方向に対して、「ユル」はゆる~い気分である。

生身の脳

脳の専門家によれば、脳はたえずバリバリ全開にしておくより、睡眠やボーっとする時間を上手に活用する方が〝ひらめき脳〟として良い効果が得られるという。飲まず食わずで24時間仕事をしても、生身の人間が健康を維持できるわけではないのだ。

「ユル」をうま~く活かした脳の使い方がこれからは大切になる。IT社会のなかで浮上してきた人対人のコミニュケーションの問題を解消し、より豊かなワークライフバランスを営むためにも、あらためてアナログ的な脳の使い方が、いま、真剣に見直されつつある。

(2008年夏)

※この文章は高山ビッキが2008年に企業のPR誌に執筆した原稿をほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはカーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月24日 (火)

1995年 ドリーム・リアリズム(映画 特集テーマ)

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<特集/ドリーム・リアリズム>

「映画には夢がいっぱいあなたはどの“夢”をみますか

~ドリーム疑似体験」

高山ビッキ・文

ドリーム・リアリストには誰でもいつからでもなれますが、夢と現実を分けて考えがちな現代人にはその感覚を取り戻すまでがたいへんかもしれません。そんなときは、まず、映画作品を見てシミュレーションしてみましよう。

「ドリーム・リアリズム」座標軸を用意しました。夢を実現するためのエネルギーを、意識的な面はX軸の(他力=他人を活かす)か(自力=自分で乗り切る)かで、環境条件的な面はY軸の(軽力=力を抜く)か(重力=責任を引き受ける)かで測ります。

その2つの軸の相関関係からドリーム・リアリズムの主だった4つの方向性が見えてきました。(それぞれ意味するところは座標軸で解説)さて、夢に対するあなたの考え方や行動はどの方向性に近いでしょうか。

●思いやりややさしさがなければ維持できない

「ドリーム・ジャンボ」型の夢

「美人はいいなあ、それだけでみんなからチヤホヤされて、何の苦労もしないでいい夢見られるから」とぼやきたくなる作品群が並ぶ領域。「プリティ・ウーマン」や「幸福の条件」のヒロインは、最初はそれぞれ娼婦だったり、お金に困ったりするわけだけど、引き上げてくれるリッチな男性との出会いに恵まれる現代版シンデレラ・ドリーム。

女性がエステや美容整形に出費するほど美しさに貪欲なのは、この領域への憧れが強いからだろう。ただし、その欲求も度を超すと「永遠に美しく」のように、老化知らずの容貌とプロポーションを手に入れたのはいいが、しまいにはほとんど化け物になってしまう場合も。美貌もさることながら、裏表のない思いやりややさしさがないとここでの夢は長続きしない。

※運に恵まれてあまり苦労をせずに夢を手に入れてしまうこと。しかし、人生はそんなに甘くない。宝くじにあたるような次元の話なので「ドリーム・ジャンボ」と呼ぶことにする。童話に出てくるヒロインは必ず王子様が現れて幸せにしてくれる。無意識にも女性は「ドリーム・ジャンボ」型の夢を抱く修正を身につけていると言えなくはない。女性の社会進出が定着してさえ、玉の輿願望があるのはその習性によるもの。でも、童話にはハッピーエンドのその後が描かれていないので要注意。

「ドリームズ・カム・トゥルー型」の夢に必要な

ひらめきと真実を求める心

「こうなりたい」という思い込みがものすごく強く、それに対して具体的な行動をとるヒロインが登場する。たとえば「ハウスシッター/結婚願望」はたまたま出会った男性の所有している家を写真で見てそこに住みたいと思ってしまう。ほとんど結婚詐欺師のような女性で、ふつうは迷惑この上ないのだが、自分の夢を実現するためにつく嘘八百が天才的なひらめきと想像力にあふれている。

「めぐり逢えたら」は、結婚を目前にマリッジブルー状態のヒロインが、妻をなくし打ちひしがれている男性がラジオで話しているのを聞き、その人こそ自分の求めている人ではないかとひらめき、めぐり逢うべく努力する。

思い込みの強い女性というのは世の中にけっこういて、一歩まちがえると病的になる。それを夢に転換できるかどうかは、真実を求める心があるかどうかにかかわっている。また「フラッシュダンス」や「コーラスライン」など才能で夢を実現するものはこの領域の典型。

※特定のことにすぐれた才能があり、ひらめきや想像力にあふれ、さらにその能力を楽しんでしまう人の夢の実現のしかた。人気バンドのヴォーカルが語る「何かが別次元から降りてくるように発想が浮かぶ」、その感じがつかめるかどうかで、この夢に連なれるかどうかが決まる。イチロー選手はその天才ぶりが“宇宙人”と評されるほど常人離れしているが、人間的な精神修行も怠らず絶えず進化している。まさにこの象限の極に位置する存在。

ある人は華麗に、ある人は愛情深く、

「ドリームフロンティア」型の夢を実現する強い女たち

男顔負けの知力・体力であらゆる困難辛苦を乗り越えていく強い女たちが登場する。

SFものでは「エイリアン」や「ターミネーター」などのように極限状態の問題を解決するのが女性という場合もある。また、「女刑事エデン」や「羊たちの沈黙」などのように犯罪を捜索する側、一方、「ブロンディ」や「甘い毒」などのように犯罪に手を染める側の両方で、強くて賢いヒロインたちがあらゆる重圧をはねのけドロドロになりながら何かを達成しようとする。

かといって、この領域の女性たちが美しさややさしさに無縁かというとそうではない。どの夢を見る女性よりも華麗で愛情深かったりする。特に母親として夢のために戦うとき、彼女たちは並はずれた力を発揮する。

※未知の領域に挑戦し、限界を突破しようとする人の見る夢。冒険といえば昔は男のロマンと考えられていたが、最近は女性冒険家もめずらしくなくなった。空、海、大地への挑戦が冒険の王道と言えるのは、地球に誕生した生命体として重力と正々堂々向きあうからだ。そのためには重力に屈しない強い体と心が必要となる。

最近ベストセラーになった「アリーテ姫の冒険」のヒロインは自分の知恵と勇気でほしいものを手に入れていく。これまでの童話のヒロインのように魔法や王子様に頼ったりしない。まさに「ドリーム・フロンティア」型ヒロインの誕生だ。

●弱くても、病んでいても仲間がいれば大丈夫、

「ドリーム・コミニュティ」型の夢

単独では何もできなくても、友人や仲間たちと協力することで夢を膨らませることができる。ここでは友情、家族愛、夫婦愛などがキーポイントになる。

女の友情の強さを確認するなら「テルマ&ルイーズ」や「フライドグリーントマト」。チームものでは野球の「プリティリーグ」やバンドの「サティスファクション」などがあるが、どちらも男性の応援があってこそできる。

でも「バッドガールズ」や「カウガールブルース」のように、ときには男性が築いていた価値観と真っ向から戦わなければならないときも。そして「男が女を愛するとき」には夫婦愛を、そして「ギルバートグレイプ」や「ホテルニューハンプシャー」には家族愛を見ることができ、それぞれ乗り越えるべき深刻な問題がありながら目線は夢に向っている。

※ある時は他人の力に援けられ、またある時は他人に大きな影響力を及ぼしながら集団で何かを乗り切ったところに拓ける夢。女性だけの集団でも最近は男性社会の問題点なども冷静に評し、平和志向で忍耐強いなど集団でこそメリットとなる女性の持ち味を男女を区別しない世界で活かしはじめている。女性企業家が増えているのもこの領域で説明できる。

(19959月ファッション専門店PR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが1995年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2009年 ネイチャー・ネットワーク消費(生活トレンド分析)

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便利さを優先せず、ゆっくり育む

ネイチャー・ネットワーク消費

高山ビッキ・文

21世紀に浮上する「自然」とのつながり

100年に1度の大不況といわれるなか、その背景のひとつに20世紀に人間がめざしてきたものの行き詰まりがあるだろう。その証拠に、不景気といわれながらも人々に求められ確かに動いている市場は、20世紀にむしろ退けられていたものだからである。その最たるものに、自然とのつながりがある。

エコロジーという言葉が企業活動のテーマになって久しいが、それが生産のしくみや流通システムとは真逆の価値観だっただけに、大きな方向転換を実現するには至らなかった。その結果の行き詰まりのようである。

そうこうしているうちに、消費者は自らの生活環境やネットワークを活かして、失いかけた自然とのつながりを回復させているようである。それを今回の分析では、ネイチャー・ネットワーク消費として、関連する消費動向や時代のキーワードを位置づけてみた。

身近な自然とのネットワーク

現在は、インターネットが社会基盤化するネットワーク時代である。ネットワーク社会というと、ともすると個人と個人をつなぐバーチャルな世界をイメージしてしまうが、21世紀に入り消費者が求めているのものは、自然につながるためのネットワークである。

これは大きくは、身近な自然につながる方向と地球規模に広がる遠くの自然につながろうとする方向があるようだ。身近な自然の取り組みでは、自宅の小さな庭で栽培した野菜を食卓にのせるキッチン・ガーデンや、生物が生息する場所、ビオトープを広げようという地域ぐるみの運動を、さらに自宅の庭づくりにも活かしていこうというビオトープ・ガーデンなどが挙げられる。こうした試みは、自冶体がヒートアイランド対策も見据えた住まいの屋上・壁面緑化という切り口で助成するなどして推進しているところも多い。

ものが売れないといわれるときに賑わっている売り場といえば、ファーマーズ・マーケットである。その形式は、農協や道の駅の大規模直売所から野菜の自販機までさまざまだが、地域の自然や顔の見える農家とのつながり感じられる「地産地消」「身土不二(しんどふじ)」にもとづく、いま最も熱く語られるアグリ・マーケティングの最前線といえるだろう。

地球全体の自然環境と関われる時代

最近は、レストランでも家庭でも、食材選びにはトレーサビリティ(生産者をたどれること)を意識することが、安全・安心な食を守るために不可欠になっている。

インターネットを通じて家庭と農家も直接につながるので、自分の故郷の食材や旅先で味わって気に入った食材などをお取り寄せする消費行動も定着した。インターネットと食べ物を介して国内の遠くの自然とつながる方法といえる。

また、日常的に世界の自然とつながる方法もある。発展途上国の食品や工芸品などを公正な価格で購入するフェアトレードや、商品を購入するだけで自然破壊が進んでいる地域の保護活動に協力できる、自然保護基金付き商品などがある。特定の地域の自然保護に役立っていることが付加価値となり、手軽に参加できる社会貢献として参加する人が増えているという。

生活のなかで身近な自然や地球規模の自然と交流していこうという消費者の意識は、旅先で地産地消し地元の食を楽しみ、ありのままの自然を見に行くエコ・ツーリズムの人気にもつながっている。観光と生活が結びついた21世紀ならではの豊かさが感じられるプランだ。

そして観光客を迎え入れる地元では、その地域が長い時間をかけて育んできた自然や風土、そこから生まれる生活文化、伝統工芸などをそのままひとつのミュージアムとして見せるエコ・ミュージアムに力を注いでいるところが増えた。人と自然のネットワーク消費とは、生活の便利さを追求する20世紀的価値観とはまるで正反対で、ときには不便さも承知でゆっくり時間をかけて育む生活スタイルといえるだろう。

2009年冬)

※この文章は高山ビッキが2009年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月23日 (月)

1994年 昼月の幸せ(僕の日常術)

「昼月の幸せ」

片岡義男・文

僕の仕事はひとり引きこもって文章を書くことだ。仕事の時間は夜ですか、ときかれることが多い。僕は昼間に仕事をする。午後から夕方にかけて、そして暗くなっていくまでの時間が、特に僕は気にいっている。

仕事をする部屋には窓がふたつある。ひとつは東に面し、もうひとつは南に向いている。バルコニーへ出ると、北東から南西までを見渡すことが出来る。

デスクに向かっていて、ふと窓ごしに空を見ることが、一日に何度もある。空というものは、たいへんいい。思いがけない位置に昼の月が出ているのを見ると、僕は幸せな気持ちになる。淡くせつなく、うっすらとセンチメンタルな、そしてさらに言うならほのかにメランコリックな気持ちに支えられた幸福感を、僕は昼の月から受け取る。

その昼の月を、僕はしばしば写真に撮る。なんの目的もなく、ただ撮りたいから撮る。昼月と自分との関係のありかたを、写真に撮ることによって僕は確認しようとしているのだろう。

望遠レンズでたくり寄せないかぎり、昼の月は空のなかの小さな白いひとつの点だ。しかしこの白い小さな点は、造形的にも雰囲気的にも、たいそうすぐれている。だからかなりおおまかに写真に撮っても、出来たカラー・スライドを見ると、もの静かになにげなく、しかし見事に、昼の月は絵になっている。

昼の月の写真が、僕の手もとにたくさんある。僕がいつも見るおなじ空に浮かぶ昼月だが、よく似ているようでいてどれもみな微妙に異なる。ふと視線を向けた空に昼の月を見たその瞬間を、僕は写真で自分のものにして残している。

ごくたまに、そのような昼月の写真は、たとえばこのページにあるように、印刷されて僕以外の多くの人たちの目に触れることになる。印刷されたのを見ると、実際にその昼月を見たときとまったくおなじ幸せな気持ちを、僕はもう一度、体験する。

1994年1月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月18日 (水)

1992年 一筋縄ではいかない、ジャズと恋(映画 特集テーマ)

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<特集テーマ・ジャズの心意気で>

一筋縄ではいかない、ジャズと恋

高山ビッキ・文

その日、私は、本人曰く“売れないミュージシャン”に取材してきたところだった。“売れない……”とは、テレビなどに取り上げられる機会が少なく、一般に知られていない、という意味だ。でも、ジャズやブルースが好きで、こまめにライブスポットをチェックしている人なら、そのピアニストとしての才能を知っている人も多いはず。日本にもそんな埋もれたミュージシャンは多い。

そして、「恋のゆくえ」を観た。勢い私の関心は、日米であまり差のない〝売れない……〟事情に向いてしまった。おかげで邦題よりも原題の「ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」に共感できた。(因みに、ピアニストのベイカー兄弟を本当の兄弟が演じている)

二人は、ホテルラウンジを中心に地道な音楽活動を続けてきたが、小悪魔的で猫のように魅惑的な女性、スージーをシンガーに迎えることで、デュオとしてのバランスを崩していく。映画ではデュオ解散後ただの兄弟として、会話のように演奏するシーンがいい。

スージーといえば、いまどきの女性のしたたかさを見せ、一人コマーシャリズムに乗ったのだが、そこで初めて、〝売れること〟と〝売れない〟ことの意味を、そしてベイカー・ボーイズの素晴らしさを知る。

「ニューヨーク ニューヨーク」では、ナンパな感じのサックスプレイヤー、ジミーが強引さでは落とせなかったフランシーンを、音楽を通して魅了していく。が、結婚後の生活はうまくいかず、アーティストとしてはフランシーンの方が成功してしまう。彼女の成功の秘訣は、発掘したプロデューサーによれば歌の上手さだけではない、「声同様に性格が甘くソフト」という指摘にある。

ミュージシャンとは往々にして我儘で、コドモの部分を多く残している。ジミーはその典型。そんな彼を包んであげることのできたフランシーンだからこそ、不特定多数のファンに歌手として愛情を捧げることもできたのだ。

生きている時代設定は違うが、スージーもフランシーンも自分で歌える女性だ。自力で成功を勝ち取ろうとする。他力本願的な女性じゃない。だから、魅力的だがあぶないミュージシャンとの、ライブセッションのような恋ができたのだろう。自分の人生の中でとびっきりの〝シンガー〟になれたら、ジャズ(恋)はもっとおもしろくなる。

■「恋のゆくえ/ファビラス・ベイカー・ボーイズ」(初公開1989年) 監督+脚本:スティーブ・クローブス 出演:ボー・ブリッジス ジェフ・ブリッジス ミシェル・ファイファー 製作国:アメリカ

※一人の女性シンガー(ミシェル・ファイファー)と兄弟ピアノ・デュオ(ジェフ&ボーブリッジス)織り成すジャジーな大人の関係を描いたドラマ。デイブ・グルーシンが音楽を担当。

■「ニューヨーク ニューヨーク」(1977年製作) 監督:マーティン・スコセッシ 脚本:アール・マックローチ マルディク・マーティン 出演:ライザ・ミネリ ロバート・デニーロ 製作国:アメリカ

※戦後のNYを舞台に、野心的なジャズマン(ロバート・デ二-ロ)と新進歌手(ライザ・ミネリ)が繰り広げる恋と現実のお話。4050年代のジャズを堪能できる。

19921月ファッション専門店PR誌掲載)

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※この文章は高山ビッキが1992年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。 ※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月17日 (火)

1993年 糸偏deいとおかし(映画 特集テーマ)

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<特集テーマ・糸偏について考える>

糸偏のアンソロジー

「糸へん de いとおかし」

高山ビッキ・文

世界が一本の糸のようだった時代は終わった。極と極を結び、ピンと張りつめていればいるほど、もろくも美しくもあった人間関係のあり様が変わった。

西と東、そして男と女。「わたし」の生活とは一見距離のある政治の問題から、「わたし」の目下の関心事である恋愛問題にまで、その変化の波は押し寄せている。

そこで今回、先の読めない時代の人生哲学を、糸そのものではなく、糸偏が作り出す多次元世界に求めてみた。たとえば、自分と語り合うゆっくりした時間を過ごしながら、好きな色を思い浮かべてみる。それも、あえて糸偏の色を選んで。グリーンより緑を、ブライトレッドより紅を、インディゴブルーより紺を……。

流行色にゆがめられている色彩感覚をみつめ直し、その色に関する自分の様々な記憶を思い起こしてみる。そうして、その好きな色の糸たちを結んで、編んで、織ったり、縫い合わせたり。つまり糸偏的手作業によって自分を一幅のタペストリーに仕立ててみる。

これでいいと思っていたのに、糸がこんがらがっていたり、いつの間にか色褪せていたり。でも今の自分が手にとるように見えてくるだろう。

なにも最初から完成された作品である必要はないのだ。世界の各地域で古くから伝わっている織物は、外から入ってくる異質の文化もどんどん織り込んでいくからこそ、現代に生きる文化として受け継がれているものが多い。

織られた「自分」のはしっこが、ちょっとほつれたりしているのも「いとをかし」なのだ。そこを誰かの織物に繋ぎ、絡めてみる。たとえ異質の取り合わせでも、合わせてできる絵柄が美しければ、コミュニケーション成立と理解していい。糸偏が紡ぎだす先には、古くて新しい重層的な世界が見えてきそうだ。

線や形が複雑に交差するような人間関係も、ひとつの綾だとわかればこっちのもの。創造のスケールが大きくなればなるほど、綾(法則)は求められるのだから。

それがどんどん大きくなり、マクロの視界から見てただの網のように見えることを、ネットワーキングと呼ぶのかもしれない。そうして初めて、「自分」という織物が「宇宙」という織物の一部になる。そんな、いとをかしき世界にわたしたちは生きている。

ピックアップシネマ

「愛に翼を」

「潮風のいたずら」

子供の頃よく遊んだ公園に、20年ぶりぐらいで行ってみた。小高い丘に昇ると、体育の授業でスキーをした記憶が、当時のリアリティそのまんまに甦った。スピードも、高さも怖かった。臆病な子供だったことを思い出した。記憶の海に糸をたれ、忘れ去って久しいものを引き上げるだけで、何か癒されたような気になる。

人は、自分の中の、〝大切な糸〟が断ち切れた状態に陥ったとき、果てしなく悩み、病むものではないだろうか。今回紹介する2本の映画からは、その〝大切な糸〟の紡ぎ方を見ることにする。

『愛に翼を』では、最初、登場人物がみな絆を失っている。家族愛と言う、いわば天然の絆になんらかの問題が生じている。二人の間に埋めようのない溝のある夫婦も、ひと夏をその夫婦の元で過ごす内気な少年も、そして少年と友達になるおませでおてんばな女の子も。

絆を見失って次の一歩を踏みだせないでいる彼らは、言わば〝糸偏喪失症〟だ。だが、血縁関係でもなく、その後会う可能性も少ない人間模様にもかかわらず、それぞれがお互いを鏡とすることで新しい絆を見いだしていく。

子供たちにとっては、大人になって何かにつまずいたときに、必ず正しい方向へと導く人生の伏線となっている。まさにイニシエーションの夏。それを見守ることで、大人たちも癒しを受けることになる。

一方記憶喪失という人生のホワイトアウトの期間が、純度100%タカビーな女の人格改造を果たす物語が『潮風のいたずら』だ。豪華クルーザーから転落しただけでなく、人生も転がり落ちたような設定に追い込まれるのだが、彼女が本来もっていた教養や優しさはむしろそこでこそ発揮される。

この作品でも子供との絡みが興味深い。傲慢なこの女性が愛情に目覚めていく頃には、放任教育で手のつけられなかった悪ガキどもが、彼女にしつけられたいと願うようになる。

わたしたちは、日々、溢れんばかりの情報に接して、『潮騒のいたずら』の主人公ならずとも軽い記憶喪失症にかかっているとはいえないだろうか。このところずっと「自分探し」現象が流行しているのもそのためだ。過去の「わたし」を紡いだ糸を、未来の「わたし」に繋ぐ。今、完成させることはない。そんな手技が生き方にも必要なのかもしれない。

それにしても、それぞれの作品の主演女優に感心させられるのは、ストーリー展開ととともに着実に顔が変わっていくことだ。演出のせいばかりでなく、本人の細胞そのものが変化していそうだ。細胞は美しさのモチーフだ。美しさを磨くのにも、やっぱり「糸偏」が不可欠なのだ。

BREAK

『愛に翼を』(原題「PARADISE)はメラニー・グリフィスとドン・ジョンソン、『潮風のいたずら』(原題「OVERBOARD」)はゴールディ・ホーンとカート・ラッセルという、どちらも私生活上もパートナー同士(当時)のカップルが主演している。映画というフィクションの世界にどれだけ真実の瞬間を垣間見れるか。二作品を比較してみると、見えないはずの〝赤い糸〟が見えてくるかもしれない。

■「愛に翼を」(1991年製作) 監督+脚本:メアリー・アグネス・ドナヒュー 出演:メラニー・グリフィス ドン・ジョンソン イライジャ・ウッド 製作国:アメリカ

■「潮風のいたずら」(日本公開1988年) 監督:ゲイリー・マーシャル 脚本:レスリー・ディクソン 出演:ゴールディ・ホーン カート・ラッセル 製作国:アメリカ

(199310月ファッション専門店PR誌掲載)

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2012年7月15日 (日)

2001年 グッドナイト・ムーン(映画に住みたい)

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「グッナイト・ムーン」

実母の伝統と継母の先端、子どもが求めたふたつの愛

高山ビッキ・文

“離婚先進国”ともいえるアメリカの人々と家族の話をすると、とてもさりげなくステップファザーやステップマザー(継父や継母)の事が出てくる。

日本もあとを追っている傾向はあるので、その家族関係の話題に戸惑いつつも、新しい家族のあり方として定着している様子に希望が感じられる。

この映画は、その原題が『STEP MON』。ジュリア・ロバーツ演じる継母とスーザン・サランドン演じる実母が子どもをめぐって葛藤を繰り返した果てに、広い意味で“ひとつの家族”になる話だ。年齢も趣味もちがう2人の女性の住まい方のちがいも興味深い。

ファッション・フォトグラファーでもある継母が子どもたちの父親と暮らす家は、NYのど真ん中にある石造りの高級マンション。パイプの階段が上下階をつなぐ機能的で開放的なメゾネットタイプで、リビングスペースには重厚感のある家具を置き落ち着きを演出している。

一方NY郊外の自然に囲まれた実母の家は、ドアや円柱の白と下見板のグレーの組み合わせの外観に気品と伝統を感じさせる大きな家。子どもたちとの思い出もキルトに綴ったり、知的なアメリカ女性の暮らし方はさまざまな面で参考になる。

■「グッドナイト・ムーン」(日本公開1999年) 監督:クリス・コロンバス 脚本:ジジ・レヴァンジー 出演:ジュリア・ロバーツ スーザン・サランドン エド・ハリス 製作国:アメリカ

(20014月住宅メーカーPR誌掲載)

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1995年 美しい顎の物語

「美しい顎の物語」

片岡義男・文

僕が小説を書くことを仕事のようにして、二十年が経過した。小説には難しいこと、あるいはたいへんやっかいなことが、いくつかある。そのうちのひとつは、人の描写だ。

性格づけをそのまま書いて内面の描写とし、わかりやすい外形に言葉をあたえればそれで充分、というような小説もあるかと思うが、そうではない小説を試みようとすると、人を描写する作業はやはり難しい。

個人として独立して自分自身の世界を持った、美しく魅力的な女性をひとり、言葉で描写するのはたいへんだ。

陳腐にいくならひとつかふたつのパターンですべてをかたづけることは可能だが、ストーリーごとにそのような女性が登場する小説を書くとなると、どの女性もストーリーに合わせて微妙にあるいは決定的に異なっているはずだから、そのような差異も含めて、美しく魅力的な、独立した存在としての彼女を、そのつど僕は描写しなくてはならない。

彼女が裸でいるときの描写が、もっともやっかいだ。彼女には彼女の骨格があり、内臓がぎっちりと詰まってどれもみな正常に機能し、血管のなかには温度のある血液が流れ、神経が張りめぐらされ、皮下脂肪がすべてを包み込み、いちばん外側を肌がくるんでいる。

その造形は意志や目的を持ってさまざまに動く。彼女の全体像を伝えたいとき、いったいどこから手をつければいいのか。

一から始めて二に至り、二を経由して三へいく、というふうに冷静に淡々と言葉を積んでいくほかない。それでもなお、主観を巧みに客観に見せるような技法を、要所ごとに採択しなくてはならないだろう。

印象的に書く、という技法もストーリーの性格によっては、効果的に用いることが出来る。どこかひとつふたつ、せいぜい三つくらいを書くことをとおして、彼女の全体を読み手にイメージさせるのだ。

顔の出来ばえと意志のありかたを結ぶものとして、僕の技法には顎がある。美しい出来ばえの顎は、頭の形と密接につながっている。顎が良けれど頭の形も良く、そうであればその人はまず間違いなく美人だ。

強い意志を持った美しい人は、顎を手がかりにして、書くことが出来る。僕の顎コレクションから、ランダムに三点、披露してみよう。

19954月住宅メーカーPR誌掲載)

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2003年 旧土岐邸洋館(先人の暮し方に学ぶ)

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「旧土岐邸洋館」大正末期に建てられた“パンの殿様のお城”は堅牢な木造のドイツ風洋館だった。

高山ビッキ・文

江戸時代に城主として土地を治めた一族が、明治以後、近代化する時代をどう生き抜いたか。この旧土岐邸洋館は、上州沼田藩(現在の群馬県沼田市)の最後の藩主、土岐頼知(よりおき)の子息章(章)氏(18921979)が大正期に私邸として東京・渋谷に建てた遺構であり、そこからは時代変化の波に翻弄されながらもたくましく生きた“お殿様”の姿が見えてきます。

明治以降の旧藩主の家計は、よほどの石高でない限り安定しているとはいえませんでした。明治維新後、東京に移り住んだ土岐家も、最初は赤坂の江戸見坂の旧江戸屋敷に住み、別邸を本所の沼田藩下屋敷に構えるなど昔の殿様の生活を続けることができました。しかし、明治30年、気づくと財産はすべてなくなっていました。そもそも次男に生まれ家督を継ぐ立場になかった章氏でしたが、四歳上の兄が早世したことで急きょお家再興の大役がまわってきました。

章氏が再生の道を切り開くために、まず行ったことが何ともユニーク。パンの製造販売でした。帝大で学んだ発酵学の知識を活かして起こした事業でしたが、これは失敗に終わります。しかし、生涯“パンの殿様”の異名をとるほどパン好きで知られ、刺身にパン、みそ汁にパン、番茶にパンと、その感覚はまさに和洋折衷でした。敗戦後、パンがなかなか手に入らなくなると、この邸宅に本格的なパン窯を築き、おいしいパンを焼いたといいます。

章氏の発酵学が本領発揮されるのは、結婚した貞子夫人の実家の事業であるワインの製造販売の会社に入ってからでした。さらなる研鑽を積むためにドイツにも派遣されます。

この邸宅が大屋根と牛の目窓のある、当時ドイツではやっていたユーゲント・シュティールという新しい建築様式を基にデザインされているのは、留学の時の影響が大きかったからでしょう。

大正12年の関東大震災はこのドイツ留学中に起こり、章氏は帰国後渋谷に土地を得て、震災の翌年、この邸宅を建てました。建設当初は、平屋の和洋館と連接されたかなり大きな邸宅で、その洋館と和館を組み合わせた構成には明治期の大規模邸宅建築の名残が感じられます。

しかし、現存するこの洋館には、応接空間を小規模の西洋館の玄関脇に配置する、昭和初期の文化住宅への過渡期の特徴も見られます。大正期ならではのわが国の洋館の特徴をよく示した住宅遺構であることがわかります。

章氏は、その後貴族院議員となり、戦後は中央競馬会顧問などの要職を歴任しました。沼田公園にあるこの邸宅の中でそのありし日を想像するとき、パンやワインの豊かな香りがそこはかとなく立ち上るようです。

■ビッキの住宅温故知新

“殿様”がめざした100年住宅

この邸宅は章氏の逝去後、貞子夫人が住まわれ1990年まで使用されていました。その後、章氏長男の實光氏から沼田市に寄贈された遺構です。

章氏は、本邸建築に当たってドイツから持ち帰ったり取り寄せたりした建築雑誌を読んでデザイン的なことを研究するとともに、大震災の後ということで基礎回りや土台には特に念を入れるようにと施工者に指示していたそうです。

また、メンテナンスにも充分配慮し、章氏自身住まいの手入れをする姿がよく見かけられたといいます。一部増築のほかリフォームもほとんど行われず、使用を止めるまで外観から内部のインテリアにわたり創建当初の様子が伝わる状態を維持していました。

まさに「100年住宅」という言葉をこの邸宅は示してくれます。そのためには住む人の努力が必要なことも。それは堅牢なお城を百年以上も受け継いできた“殿様”ゆえの知恵だったのかもしれません。

200310月住宅メーカーPR誌掲載)

■旧土岐邸洋館 378-0042群馬県沼田市西倉内594番地(沼田公園内) EL.0278(23)4766 開館時間:9:0016:00 休館日:水曜日、祝日の翌日、年末年始 入館料:大人100円 小人40

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2012年7月13日 (金)

2000年 綺麗という名の遺伝子

<特集テーマ・綺麗(きれい)の意味>

「誰もがもっている〝綺麗〟という名の遺伝子」

高山ビッキ・文

「きれいになりたい」とは、女性なら誰もが望むことですが、そこで話題になることの多くは、ダイエットにエステ、コスメ情報といった外見上のきれいハウツーです。

しかし今回、私たちは「綺麗」とあえて漢字を当てはめて、日本古来の「綺麗」観に立ち返り、憧れの綺麗な人々のお話を伺うことで、もっと「綺麗」の本質と未来を見つめてみたいと思いました。

綺麗な人々は、外見上のきれいハウツー以前に、綺麗に生きる決意をしています。生活の行動規範に「綺麗」を捉え、ファッションやインテリアはいうまでもなく、人間関係の築き方まで、生活の一瞬一瞬において「綺麗か、綺麗でないか」を選びとっています。

また意外にも「綺麗」は決して純粋を尊ぶわけではなく、綺麗な人々は時に、綺麗でない状態、たとえば人間関係の辛さや仕事上の大変な苦労などをしっかり受け止め乗り越えて、その先に「綺麗」を見出す荒技もやってのけます。

「綺麗」は美のように絶対的ではなく「かわいい」のように甘くもない。「綺麗」は天性のものではなく、生き方であり、誰もがめざすべき人生の美意識です。

なぜなら「綺麗」は自分の思い込みだけでは決して得られない相対的なものであり、人と人の間でしか磨かれない人間的なもの。

でも、誰もがもっている遺伝子である限り21世紀に向けて地球の壊れた部分を回復させるのも、人が「綺麗になろう」とする意志にほかならないと思います。

BREAK

「少女の夢想が紡ぐ綺麗

~源氏物語からバービー人形まで」

タイムトリップできるとしたらどの時代に暮らしたいだろうか。現代語訳の『枕草子』などを読むと、「アレが綺麗」「コレが素敵」「アッチの方が可愛い」と賑やかな女性たちの声が聴こえてくるようでとても楽しそう。でも、それは貴族の世界で、一般庶民に生まれたらやっぱり現代がいちばん楽しいのかな、などと考える。

そして、ここで文学史上の思い掛けない発見。素人が知る限り、平安時代には紫式部や清少納言など散文を書く女流作家が輩出されているのに、その後の時代から江戸時代までの武家社会になってからは、散文の書き手で有名な女性を知らない。

その後というと、いきなり時代は近くなり、明治の樋口一葉、大正・昭和期の吉屋信子といった女流作家の名前が浮かぶ。そのあたりのことを作家の近藤富枝さんに伺うと、その解釈で大旨間違いないでしょうとお答を頂いた。そこで素人的深読みは続く…。

武家社会では女性は家に縛られて、ゆっくり文章を書く魂の自由などなかったのではないか。一方、平安時代は通い婚だから日常的に男性に縛られることがなく、また明治以降は近代化によって男女平等の考えが導入され、女性が少しずつ魂の自由を回復していった。

平安時代の『源氏物語』から昭和初期のモダンガールに影響を与えた、吉屋信子の『花物語』まで、時代が変わっても、女性の夢想は「綺麗」を生む。吉屋文学は中原淳一の装丁も美しく、その綺麗さゆえに戦時中、発禁処分を受けたが…。

平成の現代、女性は、結婚しているいないに関わらず、自由に生きようとする。そして、プロ・アマを問わず小説やエッセイを書く女性は多い。今も昔も、女の子はお人形ごっこをするが、そのときにつくるストーリー展開が小説(ロマンス)を書くレッスンになっているのかも。そして40年前に誕生したバービー人形は、同世代の女性たちや時代とともに洗練され、ますます綺麗になっている。つまり世の中が平和で女性の魂が自由である限り、「綺麗」は生き続けるだろう。

20009月ファッション専門店PR誌掲載)

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2000年 ジョー・ブラックをよろしく(映画に住みたい)

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「ジョー・ブラックをよろしく」

人生を語るに足る邸宅

高山ビッキ・文

その人の建てた家はその人の人生そのものを物語る。アンソニー・ホプキンス演じる人生の成功者パリッシュは、アメリカのメディア王である。

この映画の主な舞台となっているのは、NYのフィフス・アベニューにある彼のペントハウスと近郊にある別荘だが、特にこの別荘に見応えがある。それはもちろん豪華極まりないのだが、その人の人生を語るに足る豪華さにしつらえてある。

良質な報道番組をつくり続けてきた自負を持つパリッシュの建てた別荘(元上院議員の92000坪もある邸宅で撮影)は、実際、ヨーロッパの職人たちが16年もの歳月を費やして造ったというだけあって、玄関ホールの手のこんだ装飾がほどこされた階段、大理石の暖炉はもちろん、壁やドア、床などの何気ない部分のつくりがすばらしい。

建物や家具・調度品は重厚さを感じさせるが、映画で美術鑑賞も楽しめるほど色々と、室内や廊下に掛けられた絵画はモダン・アート系が多い。メディア王ならではの見識がそこに現れている。

しかし、そんな人生の成功者にも容赦なく“死”は忍び寄る。彼を迎えに来た“死に神”こそブラッド・ピット扮するジョー・ブラック。彼はパリッシュと過ごし、その娘スーザンに恋することで“生きること”の去りがたい美しさを知る。

■「ジョー・ブラックをよろしく」(日本公開1998年) 監督:マーティン・ブレスト アラン・スミソー 脚本:ロン・オズボーン ジェフ・レノ ボン・ゴールドマン ケヴィン・ウェイド 出演:アンソニー・ホプキンス ブラッド・ピット クレア・フォラー二 製作国:アメリカ

(20007月住宅メーカーPR誌掲載)

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1999年 ピーターズ・フレンズ(映画に住みたい)

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「ピーターズ・フレンズ」

英国貴族の友人の家に招かれるとしたら…。

高山ビッキ・文

1本の映画を二度楽しく見る方法は、一度目はふつうにストーリーを追い、二度目は時々早送りしながら舞台になっている家の様子だけを楽しむ。

その家が単なるセットではない本物感があると、この二度目の楽しみはかなり見応えのあるものになる。ということで、今回“おじゃま”したのは、たぶんロンドン郊外あたりだろうか、イギリスの貴族のお屋敷。

ホテル並みの部屋数をもつその家には、両親亡き後、その家を売るつもりのピーターが一人で暮らしている。ある年のニューイヤーシーズン、彼は学生時代の友人たちを招待するが…という、いわゆる「再会もの」に括られる作品。

屋敷の中は、外観の威風のわりには質実な趣があり、調度品などは木製のシンプルなものが多い。各部屋のカーテンはそれぞれパターンがちがう花柄だがイギリス人の家らしい、いずれもウイリアム・モリス調の素朴なイメージである。

二度目の鑑賞は、この家で自分もピーターのもてなしを受けた気分になれるかも。

■「ピーターズ・フレンズ」(日本公開1994年)  監督:ケネス・ブラナー 脚本:マーティン・バーグマン リタ・ラドナー 出演:エマ・トンプソン スティーヴン・フライ ケネス・ブラナー ヒュー・ローリー 製作国:イギリス

(199910月住宅メーカーPR誌掲載)

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1992年 タイム・セーヴィング

<特集テーマ 私はタイムトラベラー>より

「タイム・セーヴィング」

片岡義男 文・写真

人は誰も経過していく時間の中にいる。時間から逃げることの出来る人はいない。誰に対しても時間は経過していく。そしてその時間は、誰にとっても等量だ。時計で測るなら、たとえば一時間は、どの人にとっても、量としてはまったく等しい一時間だ。

一日は誰にとっても一日だ。しかし、時間の過ごし方となると、文字どおり千差万別だ。時間の過ごしかたとは、経過を続けてはかたっぱしから消えていく時間というものを、どのようなものに変換して自分の一部分としていつまでも持てるようになるか、ということだ。

消えていく時間をなにか別のものに換えて、それをちょっとやそっとでは消えないものとして、自分の一部分にしてしまうことだ。いまの僕の考えかた、あるいは好みで結論を先に言うなら、最終的にはひとりでいることがもっとも良く似合うような人になるのが、いちばん美しく望ましいことだ。

たとえばひとりの女性は、どこにどのような関係をどれだけ引きずっていてもいいけれど、彼女がもっとも彼女らしくあろうとするときには、彼女は誰をも頼らず、余計ななにをも必要とせず、すっきりとひとりで完結出来る人であってほしいと、僕は思っている。

いつになっても、自分以外のところにさまざまな依頼の関係が必要であるという状態は、醜いのではないだろうか。ではなにが美しいのかというと、いまも書いているとおり、自分だけできわめて豊かに完結することが出来、ほかにはなにも必要ではないという状態が、内面だけではなく外面にすら、美しくあらわれている状態が、もっとも美しい。

そのような状態をいつかは自分のものとして手に入れるためには、そこにいたるまでの時間の使い方が、決定的な意味を持ってくるはずだ。どこの誰もがいつだっておこなっているような、つまらない小さなことを次々になぞっては時間をやり過ごしていると、ひとりで存在することがもっとも似合うような状態になることは、いつまでたってもできないだろうなと、僕は思う。

どんなふうに時間を過せば、最終的にそうなれるのか、僕にもよくわからない。誰にも共通して有効なマニュアルなど、どこにもないのだ。その人が、その人にだけ有効な独特な方法で、時間を過すほかない。

そのためには、ことのはじめから、その人はひとりの個として、ひとまず完成されていなければいけないような気もしてくる。経過していった時間が、ふと気がつくと自分の中にまったく残っていないのは、貧しくて醜い状態だと言いきってまちがいではないと、僕は思う。

すこしでも緊張をゆるめると、時間というものは、ほんとにいっさいなんの痕跡も残すことなく消えていく。そのような時間をなにか別のものに変換し、自分自身の大切な一部分としていけるような時間の使い方は、美しく豊かであり、したがってもっともぜいたくだ。

ほかの誰にも出来ないことを、自分だけにしか出来ないことを、すこしずつ長い期間にわたって持続させていかなければならない。そのようなかたちで体験する時間が、もっとも充実した時間なのだ。

経過していく時間をなにかほかのものに変換し、自分の一部分としていつまでもとどめておく、とさきほど僕は書いた。もしそのようなことが出来たとして、なにかほかのものに変換されたそれは、自分のどこにとどまるのだろうか。

ごく平凡な答えになるけれど、心や頭、そして気持ちなどの内部にとどまるのだ。内面のありかたは外面にも大きく影響するという考え方を採用するなら、変換されたものは体にもとどまる。たとえば、姿勢や身のこなしが美しい、というようなかたちで。

これからは心の時代だ、という言い方を最近はよく聞いたり見たりする。心など、じつはどこにもない。自分で作るほかない。作らなかったら、ないのだ。作っていくための背景である時間は、誰にでも等しく最初から手に入っている。その時間のなかで、なにをどうすればいいのかということだが、マニュアルはない。

最終的にもっとも美しくぜいたくに存在するための、長い助走路として機能する時間の使いかたは、たいへんにやっかいで難しい。やっかいで難しいことを、ほとんど一生と言っていいほどの長時間にわたって真剣に引き受けないことには、人はぜいたくにも美しくもなれないようだ。

(19924月ファッション専門店PR誌掲載)

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2003年 三井八郎右衛門邸(先人の暮し方に学ぶ)

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「三井八郎右衛門邸」

日本最大の財閥を支えた経済人としての美意識

高山ビッキ・文

三井家は、今もその名に威光を残す近代日本最大の財閥でした。江戸期以前に三井越後守と名乗った「遠祖」をもつ一族は、延宝元年(1672)に江戸に呉服屋を開業した高利(たかとし)を「家祖」とし、代々天下の豪商としてその名を高めていきました。代々当主は「八郎右衛門」を襲名。

現在、小金井市の「江戸東京たてもの園」に復元されている「三井八郎右衛門邸」は、その三井同族十一家の総領家十一代当主、三井八郎右衛門高公(たかきみ)氏の第二次世界大戦後の邸宅です。敗戦後の財閥解体を経た昭和27年(1952)に、現在の西麻布三丁目に建てられたもの。

財閥解体後の建物とはいえ、それは先代までが築いた京都油小路、神奈川県大磯、世田谷区用賀、京都今井町にあった三井家に関連する施設から建築部材、石材、植物などが集められており、財閥が繁栄していた頃の威勢を窺うことができます。

特に、食堂・客間に使われた一階の書院の二間は、高公氏の父、総領家十代当主高棟(たかみね)氏が自ら設計に関わった部屋。これは明治30年(1897)頃に完成した京都油小路三井邸の奥書院の一部で、窓や欄間に桂離宮の意匠を取り入れたといわれています。

また、望海床(ぼうかいしょう)と名付けられた和室は、高棟氏が晩年を過ごした大磯城山荘(じょうざんそう)からの移築。この別邸は、奈良薬師寺をはじめとする全国の社寺から古材などを集め改めて建築資材として再生をはかるという、当時最も奇抜な発想と最大限の耐震構造で設計されました。

代々の当主のなかでも維新の動乱の後、近代日本とともに三井財閥を発展させた高棟氏は、財閥解体が進む昭和23年にその大磯の別邸で91歳の生涯を閉じました。

「三井八郎右衛門邸」では、襖や杉戸などに髙棟氏と親交の深かった円山四条派の画家の絵や髙棟氏本人の絵や陶器なども見ることができます。

経済人として厳しい時代を生き抜きながら、人として生きることの美意識を磨き続けた三井八郎右衛門高棟氏。代々質素・倹約をたてまえとし、人を遇し育てた三井家。その遺構からは、「人の三井」といわれる歴史を築いた一族の、事業家としての美学が伝わります。

ビッキの住宅温故知新

●伝統と同時代性の巧みな融合

本邸の南側は木造で、柱、長押、欄間、障子などの伝統的要素を備えた構成。北側は鉄筋コンクリート造りで装飾的要素を廃した簡素で機能的な構成に。ただし、南側の食堂や客間には、畳の上に絨毯を敷き椅子やテーブルを置く、和洋折衷の生活様式をとっていました。

また、かつては城山荘にあった玄関ホールにあるルネ・ラリックの照明のガラスボールからは、高棟氏がいかに当時の流行に敏感だったかが窺えます。そしてそのガラスボールを支える部分には三井家の家紋である「隅立て四つ目結紋」が見えます。

日本の家紋がジャポニスムに刺激されたヨーロッパの画家たちに意匠として使われ、それが近代デザインのひとつの要素だったことに再び関心が寄せられている現在、とても斬新な発想と見ることができます。

■三井八郎右衛門邸(江戸東京たてもの園内) 江戸東京たてもの園 184-0005東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内) 0422(388)3300 開園時間:9:3017:50(4月~9) 9:3016:3010月~3月) 休園日: 月曜日(祝日または振替休日の場合はその翌日)、年末年始(1228日~14日) 入園料:一般400円  交通:JR中央線「武蔵小金井」駅北口よりバス5

20037月住宅メーカーPR誌掲載)

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1998年 月の輝く夜に(映画とファッション)

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「月の輝く夜に」

フォーマルライフは“ツキ”を呼ぶ方法

高山ビッキ・文

フォーマルライフをもっている人ともっていない人では、人生に対する前向きさがどれくらいちがうか、映画『月の輝く夜に』を観て考えたい。

映画は、NYのリトル・イタリーあたりに住むイタリア系アメリカ人の生活を舞台に、夫を亡くした後、ツキがないと思い込みオシャレにも気をかけなくなった37歳のロレッタ(シェール)と、その婚約者(冒頭彼女は幼友達のジョニーにプロポーズされる)の弟ロニー(ニコラス・ケイジ)の出会いを描く、ラテン的なコメディタッチのラブ・ストーリー。

導入シーンからクライマックスまでオペラが大切な役割を果している。パン職人のロニーが大のオペラ好きだったことから、メトロポリタン歌劇場での『ラ・ボエム』に誘われるロレッタ。罪悪感にかられながらもロニーの懇願に応える。

しかしそうと決めてからのロレッタの、ソワレ用のフォーマルスタイルづくりはおみごと。美容院でヘアダイをしてすっかり若返り、ブティックのショーウインドーに飾ってあるカクテル・ドレスを買いそれまでの雰囲気をかなぐり捨てて出かける。

そして上演時間中、舞台の盛り上がりとともにロレッタとロニーは愛を確信しあい、オペラに興味のなかったロレッタも終演後、感動で目をうるませながら劇場の階段を降りる。女性が美しくなる方法に「感動すること」がある。じっくりオペラを観て流す涙はどんな美容液にもまさる。

満月の夜は人の心を狂わせる。ロレッタとロニーの出会いもそんな『月の輝く夜』。ともあれロレッタが潔くフォーマルを決めたその気持ちが、それまで不運だった彼女の人生にツキを呼んだのはまちがいない。

■「月の輝く夜に」(日本公開1988年)  監督:ノーマン・ジェイソン 脚本:ジョン・パトリック・シャンリィ 主演:シェール ニコラス・ケイジ ヴィンセント・ガーディ二ア

19984月ファッション専門店PR誌掲載)

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1994年 女性(ミューズ)は音楽元素でできている

<特集テーマ・音楽という出来事>

女性(ミューズ)は音楽元素でできている

高山ビッキ・文

あなたは誰ですか。そう問いかけられたら、自分を構成する「音楽」で存在証明してみよう。

音楽は時に体液の流れになる。特定地域の民族音楽のような土着性、宗教性の強いサウンドの音階に、黒人音楽の魂と血で刻むビートに、思わず自己本来の民族性が暴かれたような「体液の逆流」を覚えることはないだろうか。

ブルースになんて興味のなかったあなたが、ある日突然ブルースマンに恋をする可能性はある。「体液」の逆流はそんな時に起こる。その恋愛体験(ライブセッション)を通過したら、ブルースのもつ魂(ソウル)と身体感覚(ビート)はあなたの血(ヒストリー)になる。

そして特に音楽は、あなたを取り巻く気体中の微粒子を変質させる。雰囲気のある女性とは、ファッションや香りと同じように音楽も着こなせる人だ。

どんな場所でも自分だけのシーン・メイク・ミュージックを想像できる。周囲のノイズが強ければ強いほど、それに負けない爽やかな微弱電流を放射できる女性、それが都市空間のミューズだ。

さて、そんな素敵な女性になるためのレッスン・メソッドとは……。当然、いろんな音楽を聴いてみること。

音楽が、ある時ある場所に吹いていた「風」の再現だとしたら、その「風」を加工して詰めたCDを解き放てば、ユッスー・ンドゥールの声から「アフリカの高貴」を、ルー・リードの詩とビートから「ニューヨークの野性」を吸い込むことができるだろう。

また、鳥の鳴声や川のせせらぎ、そして実際に体に感じる風の音に耳を傾けること、それも大切なレッスン。さらに、こんな情報(ノイズ)の多い時代だから、あえて音から遠ざかり、無音の中に身を置いてみるのも格別な音楽体験だ。4分33秒の無音の後に、ピアノの蓋をパタンと閉じて「演奏」を終えたジョン・ケージの意図に倣って。

19941 ファッション専門店PR誌掲載)

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2012年7月12日 (木)

2000年 大いなる遺産(映画に住みたい)

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「大いなる遺産」

廃墟が語る家の物語

高山ビッキ・文

廃屋というのは、いわば個人住宅の遺跡である。

日本のように土地が狭く、スクラップ&ビルドを繰り返すところではあまりお目にかかれないが、たまに発見すると、人けのない家にも周囲と同じような季節がめぐってきていて、止まってしまった時間と移り変わる季節とのギャップに、いっそう家の物語へのイマジネーションがかき立てられる。

この映画にも、フロリダにあるほとんど廃墟と化した邸宅が象徴的に出てくる。魅力のある廃墟にはそこに住んでいた一族が絶頂期を境にある悲劇に見舞われるなどして姿を消した…、といった物語が見え隠れする。

そして建物自体に限りない魅力があり、往々にしてそこは子どもたちの想像力を刺激する場所となる。アルハンブラ宮殿を模したそのエントランスには噴水があり、テラスはそのまま海に面している。

廃屋ゆえに野趣に溢れているところがまた魅惑的だ。この家で、運命を翻弄し合う男女は幼い頃に出会った。19世紀を代表するディケンズの名作をアメリカを舞台に映画化した作品である。

■「大いなる遺産」(初公開1998年) 監督:アルフォンス・キュアロン 脚本:ミッチ・グレイザー 出演:イーサン・ホーク グウィネス・パルトロー 製作国:アメリカ

(20004月住宅メーカーPR誌掲載)

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2002年 めぐり逢えたら(映画に住みたい)

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「めぐり逢えたら」

カントリーとモダンはめぐり逢えるだろうか。

高山ビッキ・文

一口にアメリカ、アメリカ人と言っても、広大で多種多様である。昨今、日本人大リーガーが増え、アメリカ各地を拠点に活躍する彼らを通してNYやハリウッドだけじゃないアメリカの情報も身近に感じられて、おもしろい。

さて、この映画には、アメリカの2つの都市が出てくる。昨年、同時多発テロという悲劇に遭いながらもそこに住む人たちの人情が伝わったNY、新庄選手の活躍も話題のひとつとなった。そしてイチロー選手の大活躍で一気に日本ツウを増やしたシアトル。

シアトルに住むサム(トム・ハンクス)とボルチモアに住むアニー(メグ・ライアン)が往年の映画『めぐり逢い』よろしくNYのエンパイアステートビルディングで、運命のマジックに操られるようにめぐり逢う。

映画自体はそこまでのハッピーエンドで終わるが、インテリアイメージによる、その後を想像してみた。建築家であるサムの家はいわばイタリアンモダン。そして編集者のアニーの家はブリティッシュカントリー調。二人が結婚した場合、2つのイメージはどう折り合いをつけるのだろうか。

ハッピーエンドの次に問題になるのは、そんなライフスタイルも含めた相性ということになるのだろう、きっと。

■「めぐり逢えたら」(日本公開1993年)  監督+脚本:ノーラ・エフロン 出演:トム・ハンクス メグ・ライアン リタ・ウィルソン ロージー・オドネル 製作国:アメリカ

(20021月住宅メーカーPR誌掲載)

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2001年 マグノリアの花たち(映画に住みたい)

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「マグノリアの花たち」

人と人の絆に井戸端スペースは欠かせない

高山ビッキ・文

アメリカ南部には伝統的な建築様式の住宅が根づいている。ニューオリンズなどの南部の住宅街がどっしりと落ちついた印象を与えるのはそのためだろう。

この映画の冒頭では、まさにそうした南部の伝統スタイルの家の外観が何カットも映し出される。

そしてジュリア・ロバーツ演じる、ある一家の娘が嫁ぐ日から物語は始まるが、自宅の開放的な広い庭でウエディングパーティが開けてしまうのは、日本人には羨ましいかぎり。

この映画からはコミニュケーションの場としての空間のあり方を学ぶことができる。リビングはその広々とした庭と境界があいまいなほどオープンで、やんちゃなボーイズが駆け回っている。

里帰りした娘が母親に打ち明け話が出きるのはキッチンだ。明るい茶色の木と煉瓦でコーディネートされたアイランド式のキッチンで、母親は家事をしながらカウンター越しに話す娘の切ない決心を聞く。

演技派の女優たちに支えられてジュリア・ロバーツが大女優になるきっかけとなったこの作品は、人生の喜怒哀楽を超えて時が過ぎ行く摂理を淡々と温かく描く。この映画で、美容院が井戸端スペースとなっているように、ただ話を聞いてくれる人のいる“かけこめる場”が身近にあればそれだけで幸せなのかもしれない。

■「マグノリアの花たち」(日本公開1990年) 監督:ハーバード・ロス  脚本:ロバート・ハーリング 出演:サリー・フィールド ジュリア・ロバーツ シャーリー・マクレーン ダリル・ハンナ 製作国:アメリカ

(200110月住宅メーカーPR誌掲載)

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2000年 鳩の翼(映画に住みたい)

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「鳩の翼」

恋物語に涙するか、アンティーク物語にときめくか。

高山ビッキ・文

アンティークの家具やインテリアにはイギリスのものが多いが、この映画は1910(エドワード朝時代)“動くアンティーク・カタログ”と言っていいほどアンティークの家具や雑貨、ファッション好きにはたまらない作品だ。

原作は小説界のシェークスピアと言われるヘンリー・ジェイムズ(18431916)。

話自体は時代の変わり目に没落していくイギリスの貴族が、サバイバルを懸けて仕掛ける恋物語といった感じで、現代の日本人には理解しかねる部分もあるが、当時のヨーロッパは日本贔屓だったようで、二人のヒロインのファッションにはジャポニスムの影響が窺える。屏風も寝室のインテリアとして取り入れられている。

また男女3人が恋を散らせる旅先のヴェニスの屋敷は、ジェイムズがこの作品を書いたまさにその場所だそうだ。

■「鳩の翼」(日本公開1998年) 監督:イアン・ソフトリー 脚本:ホセイン・アミ二 出演:ヘレナ・ボナム=カーター 製作国:アメリカ、イギリス

(20001月住宅メーカーPR誌掲載)

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2000年 オンリー・ユー

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<スエードブレイク>

「オンリー・ユー」

靴屋さんはなぜかスエードタッチがお好き。

高山ビッキ・文

今回紹介する“スエード系”映画は『オンリー・ユー』。マリサ・トメイ演じる、結婚目前でマリッジ・ブルーのヒロインと、たぶんアメリカの大手シューズメーカーの社員でイタリアに駐在している役どころのロバート・ダウニーJr.による、ローマでのドタバタ・ラブストーリー。

ヒロインがオペラパンプスを履いてローマ市内を走り回ったりするなど靴が大切な役割を果す映画だが、ストーリーとは直接からまないが靴屋であるロバート・ダウニー・Jr.が失恋の痛手を負い、空港のチケットカウンターに並んでいるときに気になったのが、前にいる女性のスエードのブーツ。

スエードには人の心をなぐさめる力があるようだ。それが天然スエードか人工皮革かは

関係者なら画面を通しても見抜けるのでしょうか。そういう意味でも必見の映画。

■「オンリー・ユー」(製作年1994年)監督:ノーマン・ジェイソン脚本:ダイアン:ドレイク 出演:マリサ・トメイ ロバート・ダウニー・Jr 製作国:アメリカ

(200010月繊維メーカーPR誌掲載)

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1997年 ジョニー・スエード

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<スエード・ブレイク>

「ジョニー・スエード」

ブラピは映画界のエクセーヌ!!?

高山ビッキ・文

ジョニー・スエード」は今人気絶頂の俳優ブラッド・ピットの、これほど人気が出る前の主演作品。B級ではあるが、監督のトム・ディチロは、あの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(ジム・ジャームッシュ監督作品)のカメラマンとして注目された人。また、知る人ぞ知るカリスマ的ミュージシャン、ニックケイブも出演して1曲披露しているので、ツウ好みの作品とも言える。

ブラッド・ピットの役どころは、ロカビリー・ミュージシャンを夢見る、ジョニー・スエードという名の若者。スエードが大好きでなぜかある日彼のもとへスエードの靴が降ってくる。その靴を履いて街を徘徊するのだがバンドをつくるための資金稼ぎに四苦八苦したり、恋をするのはいいが女の子とのつきあいに悪戦苦闘することも。

それはたぶん当時のブラッド・ピットそのものなのかもしれない。主役を張るようになるまでいろんな役をいろいろこなしていたから。それが今ではアメリカ映画になくてはならない存在。映画「デビル」で共演したハリソン・フォードがその存在感に嫉妬したというほど。

映画の冒頭、ジョニー・スエードは夢の中で歌う。「スエードは不思議だ。固いのに柔らかい。地味なのに忘れられず、最初見過ごしたことが不思議になるくらい目が離せなくなる」云々と。まさにブラッド・ピットである。映画「テルマ&ルィーズ」でジーナ・ディビスとからんだ若い男が彼だと気づかなかった人も今は魅了されているにちがいない。あの頃若く単なるスエードにみえたブラッド・ピットも、今や映画界のウルトラ・スエード(エクセーヌのアメリカでの呼び方)である。

■「ジョニー・スエード」(製作年1991年)監督+脚本:トム・ディチロ 出演:ブラッド・ピット  アリソン・モイア   キャサリン・キーナー  製作国:アメリカ・スイス合作

(199710月繊維メーカーPR誌掲載)

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2012年7月11日 (水)

2001年 生き方を楽しむ女性たちへ

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特集テーマ<女性を正しく楽しむ方法>より

「生き方を楽しむ女性たちへ」

片岡義男 文・写真

もっとも魅力的な女性は強い女性だ。生きていくために必要とするさまざまなエネルギーを、ひとまとめに魅力という言葉で言うなら、女性が持つ魅力の頂点には強さがあるといい。

きわめきったような強さが魅力の核心として存在するなら、それ以外のすべての魅力は、そのような強さのヴァリエーションでしかない。強さという魅力さえ充分に身につけていれば、それ以外のどんな魅力でも、必要に応じていつでも何の無理もなく発揮することができる。

なぜ強さがいちばんの魅力なのかというと、ぜんたいを俯瞰し、おさえるべきすべての点をおさえることを可能にするのは、強さというもっとも高いところからの視点だけだからだ。

女性と関連させてしばしば言われる優しさは、強さにくらべると、有効さの位置が低い。優しさはほとんどの場合、一種類の優しさでしかなく、有効範囲はその人の個人的な身のまわりの、ごくせまい範囲に限定される。せっかくの女性が、片隅の小さな範囲のなかに、埋め込まれてしまう。

ただ一種類の優しさが身についてしまったおかげで、人生を棒に振った女性は数知れない。強さとは何か。やみくもな元気さ、突き進むだけのやる気、ここで頑張るしかないからとにかく頑張る、といった単なるカロリーの消費は、強さとは呼ばない。

劣悪な状況のすべてを引き受け、自分をすり減らしていくことと引き換えに質の低い生活をなんとか維持するという、現実に無数にある思考の停止状態なども、強さを充分に発揮している状況とは言いがたい。

こういったエネルギーが女性によっていくら発揮されても、現状はなにひとつより良き方向へは変化していかないからだ。いま、そしてこれからの世界に対して、なんらかの意味において可能なかぎり大きい有効性を持った、新しいアイディア。強さの核心はこれをおいてほかにない。

女性という体が支える頭の中には、この核心があるといい。強さとは、自分の頭でどこまでも考えぬくことが出来るか、その能力や知的なスタミナの大小だ。ただし考えるだけでは充分ではない。新しい考えを自分で実行に移し、かなりのところまで実現させないといけない。

次元の低いところに足止めをくったまま、その周辺をうろうろしているだけだと、こういうことはまず絶対に出来ない。したがってそのような女性たちは、強くはなれないままに、なしくずしの日々を生きていくことになる。

強さというものを、ではどのようにしたら、獲得する事ができるのだろうか。目標を設定するのは、いつだって有効だ。身のまわりに何人もいる男性たちを、新しいアイディアの創出においてすべてを追い抜く、といった目標だ。

時代は深刻な過渡期にある。これまではすべて終わった。これからはまったく新たにはじめなくてはいけない。頼りになるのは、新しいアイディア、という力だけだ。

(20014月ファッション専門店PR誌掲載)

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1994年 思いがけない人

「思いがけない人」

片岡義男・文

ぱっとひと目見たとき、この女性に僕はヨーロッパを感じる。イタリーの人だということを知っているからそう思うのではなく、確かに、どこかに、ヨーロッパを彼女は持っている。

髪の作り、化粧のしかた、表情、着ている服などは、1960年代なかばのハリウッドが盛んに提唱していた女性美のありかたの、ひとつのたいへんにすぐれた典型だ。

すべては当時のアメリカの価値観のなかでの女性美だが、それをかいくぐって表面に出て来るヨーロッパが、彼女にはある。そしてそれが、彼女の魅力を増幅している。ひょっとしたら、当時のハリウッドの手だれたちは、彼女が魅力のひとつとして持っているヨーロッパを消さないように細心の注意を払いつつ、そこにアメリカをつけ加えたのかもしれない。

ここにある三つの写真で見る彼女は、じつに見事にフィクションだ。当時と言えども、現実のなかには、このような女性の存在の場は、なかったはずだ。もしこのまま現実のなかにいたなら、一定の文脈や役割のなかにたちまち固定され、そこから出ることは出来なかったにちがいない。

必要があってアメリカの古い雑誌を大量に見ていたら、思いがけなくこの女性に再会した。ヴェルナ・リージというイタリーの女優だ。イタリーやフランスでたいへんな活躍をしたのだが、いわゆるスターになったのは、ハリウッド映画に出てからだった。

映画というフィクションのなかから、彼女のような女性が消えて久しい。成熟しきった強い大人の女性の、性的な魅力を濃厚に立ちこめさせている女性、というフィクションが成立しないほどに、フィクションの世界も現実に侵されてしまったからだ。

女性美のひとつのありかたのなかに、この女性の魅力はあまりにも完結しすぎている。現実のどこともかかわることのない、完璧なフィクションだ。

1994年7月住宅メーカーPR誌掲載)

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1999年 隣の女(映画に住みたい)

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「隣の女」

高山ビッキ・文

隣に引っ越してきた女が昔の恋人だったことから恋心が再燃し…、とストーリーはソープオペラ的だが、トリフォー監督らしい知的な味つけと、パリ郊外のフランス人の暮らしぶりの演出がいい。

ジェラール・ドパルデュー演じる男の家も、ファニー・アルダン演じる隣の女の家も外観は石造りだが、内装は木の風合いそのままの家具やインテリアでコーディネートされている。

絵画の飾り方やごくシンプルなライトの用い方など、改めて見直したくなる洋風生活スタイルの基本がある。

■「隣の女」(日本公開1982年)監督:フランソワ・トリフォー   脚本:フランソワ・トリフォー  シュザンヌ・シフマン ジャン・オーレル出演:ファニー・アルダン ジェラール・ドパルデュー製作国:フランス

(19994月住宅メーカーPR誌掲載)

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2007年パパライフをエンジョイする世代の父と子のマーケット

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<生活トレンド分析>

「パパライフをエンジョイする世代の父と子のマーケット」

高山ビッキ・文

「パパ」を楽しむニュータイプの消費者

最近の消費行動を語る上で注目されているのが、子育てに関わっている「パパ」の存在である。

世代的には、30代から40代の男性とされる。「新人類」としてトレンドをリードした層を中心とする40代男性と、団塊ジュニアをメインとしてティーンのときからその消費スタイルに多くの関心が集まっていた30代男性。ただし、独身時代の両者の消費生活には明らかな違いがあった。

分岐点はバブル経済の崩壊。社会に出ても数年はバブルの恩恵を受けた40代は、同世代の女性たち(いわゆるhanakoさんと呼ばれた世代)ほどではないにせよ、ファッション、レストラン、クルマ、旅行と、浪費する快楽も味わった。ところが、30代の場合、社会に出てみれば、そこは「祭り」の後。就職も超氷河期に入り、浮かれた消費生活はできなくなっていた。

そんな10年ほどの世代差はあるが、彼らは子供の頃に高度経済成長とともに育ち、その行き着く果てにバブル経済も目の当たりにした。けれども、大人になり結婚をし、自らが子供の成長を見守る立場になった現在、日本経済や社会状況は子供の将来を託すには不安要素が多すぎる。そんななかで彼らは積極的に「パパ」を楽しむニュータイプの消費者として浮上してきている。

「ウルトラマン世代」のノスタルジー

彼らは「ウルトラマン世代」(30代は「ガンダム世代」ともいえるのだろうか)と語られることもある。40代後半であれば、高度経済成長真っ只中の小学校低学年のときに初めてTV番組の「ウルトラマン」と出会っている。

この秋、『怪獣と美術』という企画展が開催された(三鷹市美術ギャラリー)。これは『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』の怪獣デザインを担当した故・成田 亨氏の作品で、会場にはまさに「ウルトラマン世代」のパパも子供を連れて見に来ていた。

その展示作品のなかにジャミラという怪獣のデザイン画があった。ジャミラは、元宇宙飛行士の人間だったという悲しい設定の怪獣。その回ばかりは、ウルトラマンを素直に応援できなかった記憶をもつパパも多いはずである。3040代は、喜怒哀楽といった情緒的な部分をテレビのヒーローものやアニメで培った最初の世代である。バーチャル(仮想的)な世界の中にこそなつかしいと思えるものが多いと感じている。

最近、子供たちに人気の高いゲームやアニメは、「ケロロ軍曹」(原作・吉崎観音)、「甲虫王者ムシキング」(セガ)など、パパを巻き込んで盛り上がっているものが多い。つまり、現代のパパたちは充分にネオテニー化(幼児化)したまま「父親業」を楽しむことができるのだ。

子供たちをクリエイティブに育てたい

しかし、そんなパパたちも21世紀に入り、ITはインフラ(社会基盤)化し、終身雇用は崩壊、家庭における男女間の役割意識にも変化が見られるようになった今、自分の子供たちの未来を考えたとき、これまでの父親にはない動きを見せるようになった。

料理や手芸といった、家庭においてこれまで女性の領域に属していた分野に興味を示し子供たちとともに楽しみ、自然観察や化学実験、体験型旅行などで子供たちに実体験する喜びを教え、ファッション、インテリア、アート、クルマなど、自分がこだわってきた生活スタイルを伝える。

彼らは子供たちに、現実を生き抜いていけるクリエイティブな人間に育ってほしいと思っている。それに対して子供への教育というより、自らも楽しんで関わろうとするところに、豊かな時代に育ったネオパパならではの消費スタイルが窺える。

2007年冬)

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2008年Hanakoさんの再デビューと人生いろいろプレミアム消費

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<生活トレンド分析>

Hanakoさんの再デビューと人生いろいろプレミアム消費」

高山ビッキ・文

「プレミアム」という言葉をよく耳にするようになった。商品広告などではビールからクルマまで、単価の規模を問わず使われる。それは「高級」「ラグジュアリー」「リッチ」といった言葉の意味や語感とどうちがうのだろうか。

その言葉の消費市場における可能性を分析した『プレミアム戦略』(遠藤 功著・東洋経済新報社)では「バブル消費が〝他人のものさし〟に依存した高級志向だったのに対し、

現在の消費傾向には自分らしさという〝自分のものさし〟で高級や本物を求めようとする特徴がある」とする。同書では、市場が成熟することで消費者の欲望の質が高まり、日本人の多くが自分の〝こだわるもの〟〝こだわらないもの〟を選別して消費するようになったと説く。

欲望の質の高さでは人後に落ちないHanakoさん世代の現在について考えてみた。ひと頃Hanakoさんと呼ばれた、現在アラウンド40(おおかた40代)の女性たちの生き方。

彼女たちはバブル崩壊をきっかけに、「結婚」と「仕事」が交差する人生のなかで、それまでの世代にはないこだわりのある豊かさを求めてきた。そこに男女雇用機会均等法の後押しを受けてある時期まではキャリア志向だったが、バブル崩壊の影響と女性本来の幸福感とは何かを求めた結果、キャリアより結婚を優先したマダムHanakoがいる。

彼女たちは、子育てをしながら〝カリスマ主婦〟に憧れ、家事をクリエイティブにこなす努力をしたこともあった。だが、子育てにかかる物理的な時間が減ったいま、再び仕事に復帰すべく動きだしている。彼女たちは、よりプレミアムな生活を送るためには、経済的にも生き方としても再度キャリアの形成が不可欠であることを感じている。

Hanakoさん世代を対象にライターとして仕事をするための講座を開いているところの代表は「彼女たちが働く場合、どんな職種でもいいと思うわけではありません。私たちは生活情報を扱うライターは主婦にこそ向いていると勧めることで、この世代に夢を与えています」と語る。

全般的な消費の冷え込みがまだいわれているが、マダムHanako社会に飛び出すことで、プレミアム市場が活性化することを期待したい。

2008年春)

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2007年 ヒメコさんが「イケメン」を消費する理由

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<生活トレンド分析>

「ヒメコさんが「イケメン」を消費する理由」

高山ビッキ・文

今、女性がなぜこれほどまでにイケメンを追い求めるのか。そこには男性がビジンを欲するのとは明らかにちがう心理が読み取れる。「イケメン」を消費する中心層をヒメコとヒメハハと名づけて分析してみた。

マリー・アントワネットと団塊ジュニア女性

ソフィア・コッポラ監督の映画「マリー・アントワネット」が日本でも公開され話題になった。

作品は、14歳でオーストリアからフランスのルイ16世のもとに嫁いで栄華を誇ったが、最期はフランス革命によりギロチンで処刑されたマリー・アントワネット(17551798)が主人公。ヴェルサイユ宮殿で規律ばかりの生活のなか、彼女はファッションやスイーツ、パーティなどの浪費に走る。その描写が現代のごく普通に生きる女性の共感のためいきを誘う。

小倉千加子(医学博士、心理学者)は、その著書『結婚の条件』(朝日新聞社)で、いわば「勝ち組」の主婦は、結婚によって階層上昇できなかった女性に対し、マリー・アントワネットのように次のように言うだろうと書いている。「子育て中は子育てに専念し、おまけに社交も怠らないでいられるような結婚をなぜしなかったの。それ以外にどんな結婚があるの…」

現在、結婚適齢期とされる20代半ば~30代後半(主に団塊ジュニア)の女性たちの未婚率は37%。約4割が未婚という統計(2005年国勢調査)が出ている。彼女たちが「結婚」の二文字を前に焦りを覚えつつ、二の足を踏むのは、前記のような勝ち組主婦のひと言を無視できないからかもしれない。

高度経済成長期以後、日本は核家族化が進んで、子どもの数は「姫一人、太郎一人」がメインとなり、その典型が「団塊ジュニア」と呼ばれる世代の人たちだ。団塊世代の親たちによってバブル景気の最中、欲しいものを我慢しないでのびのびと育てられた女性も多い。ここでは、そんな彼女たちを「ヒメコさん」と呼ぶことにする。

ヒメコさんは、お姫様のようにワガママに育ったものの、成人して社会に出ると〝下界〟はバブル崩壊後の雇用環境厳しい世の中。さらに、団塊世代の親は大量定年を迎える2007年問題へと突入。マリー・アントワネットの結婚が国家の一大事であるように、ヒメコさんの結婚も一家の一大事となってきたのだ。

ヒメハハとともに「イケメン」遊び

団塊母娘は消費行動をともにすることが多い(『新女性マーケットhanako世代をねら!』牛窪恵・著/ダイヤモンド社)ようだ。

一緒に行動するといっても、母娘ならではの金銭面や情報面における役割分担や微妙な協力関係があるようで、ヒメコさんが時代的に決して恵まれているとはいえない雇用状況の中でも、エステやグルメ、ショッピングを謳歌できるのは、このヒメハハの力がおおきい。

ヒメハハも決して娘のためだけを思って行動をともにするわけではない。娘を通してなつかしい若き日を思い出したり、若い頃にはできなかったことを実現するのが、子育てを終えた現在の生きがいのひとつにもなっている。そんな母娘の消費行動の原動力になっているのが、〝イケメンに対する擬似恋愛消費〟とでも呼べる消費行動である。

このイケメンを消費する女性たちの存在を強く印象づけたのは、まだ記憶に新しい「ヨン様ブーム」だろう。俳優やタレント、ミュージシャンなどに対する「追っかけ」行為は昔からあるが、それを4060代とおぼしき熟年の女性たちも実行している姿が世間を驚かせた。

なかでも団塊世代のヒメハハは、ヒメコを伴って韓国に旅し、ヨン様主演で大ヒットした「冬のソナタ」のロケ地まで行き、相手役のヒロインになりきってお互いに写真を撮り合った。

こうした団塊母娘の消費行動は、母娘にとって結婚前の娘の恋愛について知る機会になり、娘にとっては結果的に親孝行になっていることもある。

その後、ヨン様ブームは落ち着いたが、貪欲な女性たちは新たなイケメン開拓を怠ってはいない。いまや、イケメンをめぐる消費行動は、旅行や関連グッズへの散財のみならず、そのお目当てのイケメンのためにキレイになることをめざす女性たちによって、モノが売れないといわれるなかで化粧品、美容、ダイエット関係市場は大いに盛り上がっているのだ。

さて、ヒメハハにとっての夫は「王子」であるはずがなく、「侍従」であれば及第点といったところ。またヒメコにしてみれば「イケメン」遊びもいいけれど、結婚はもっと現実的な問題。同じく適齢期であるはずの同世代、団塊ジュニア男子は、ともすると職にありつけず、家に引きこもっているタイプも少なからずいる。彼らを、ここでは「ヒキオくん」と呼んでみる。

でも、グリム童話のお姫さまのように、ヒキガエルならぬヒキオくんを壁にぶつけたところで王子になる可能性はまずない。ゆえに今日もヒメコさんはマリー・アントワネットのように「イケメン」を消費して楽しむのである。

2007年夏)

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1999年 インテリア(映画に住みたい)

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「インテリア」

完璧なインテリアコーディネートにご用心

高山ビッキ・文

タイトルどおり、この作品は導入から映し出される室内のインテリアがドラマの展開を物語る。

その室内装飾はインテリアデザイナーである、この家の母親の手によるもの。NY州ロングアイランドの海の見える家はみごとに抑制の効いた色調で整然としつらえられている。

登場する家族もまたシックな着こなしで、すべて完璧にコーディネートされている。が、破綻は精神や人間関係のなかに起きている。

後に、父親が再婚すると言って連れてきた相手は、この家族にもこの家の雰囲気にもそぐわない原色のドレスを着て明るく振る舞う、おおらかな女性だった。しかし、その異質さこそがこの家族を救う。

一寸のすきまもなく統一された空間、そして人間関係は息苦しいものかもしれない。

■「インテリア」(初公開1979年)監督・脚本:ウッディ・アレン出演:ダイアン・キートン ジェラルディン・ペイジ EG・マーシャル 製作国:アメリカ

(19997月住宅メーカーPR誌掲載)

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2000年 愛がこわれるとき(映画に住みたい)

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「愛がこわれるとき」

雑然を楽しむ幸福

高山ビッキ・文

アメリカ映画では、今どんな家に住んでいるかが、その人の地位的なものは言うまでもなく、精神状況までも映し出す重要な表現になっている。

ジュリア・ロバーツ演じるヒロイン、ローラは投資コンサルタントとして成功しているビジネスエリートの妻である。そして、その家はたぶんロングアイランドあたりの海辺に建てられたスーパー・モダンな白い家。

開口部がこれでもかというほど大きく、家全体をぐるりと取り囲んでいるのにちっとも明るくないのは、その夫婦関係のためである。

独占欲が強く、潔癖症の夫からの虐待に怯える日々。ついに、ある日、溺死したと見せかけて夫のもとを脱出することに成功したローラ。

アイオワの田舎町で一軒家を借り新しい生活を始めるが、夫との生活では、バスルームのタオルの掛け方、キッチンの戸棚の中の缶詰の並べ方まで整然とさせることを強要されてきただけに、新しい生活ではあえてそれを崩すことをまず楽しむ。

家事や掃除が決して嫌いなわけではなく、「雑然」の状態を幸せと感じ楽しめるというのもセンスのひとつかもしれない。

■「愛がこわれるとき」(日本公開1991年)監督:ジョセフ・ルーベン脚本:ロナルド・バス出演:ジュリア・ロバーツ パトリック・パーギン ケヴィン・アンダーソン 製作国:アメリカ

(200010月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが2000年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)7985

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2002年 シャンドライの恋(映画に住みたい)

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「シャンドライの恋」

恋とインテリアには時間をかけたい

高山ビッキ・文

恋とは、その相手との心の距離感を縮めようとするあまり、変わる感覚のこと、でもある。

日頃食べるのも、耳にする音楽も違う男女が出会い、お互いの存在が気にかかる。

男は、ローマのらせん階段のあるお屋敷に住む白人のピアニスト、キンスキー。女は、夫が政治活動で投獄された後、医学の道に進むためにローマに来てこのお屋敷の使用人として働き始めた褐色の女性、シャンドライ。

初め、二人の間の恋の距離感は遥かに遠い。

シャンドライはお屋敷を掃除しながら聴く、キンスキーが奏でるクラシック音楽も、ひとつひとつ丁寧に磨くトラディショナルな趣の家具や調度品、絵画、そして引き籠りがちなこのピアニストのことが理解できない。

そんなシャンドライにキンスキーは不器用なほどストレートに愛を告白する。しかし、彼女には、夫がいること、キンスキーのことが理解できないことを訴え、拒絶した。恋の距離感は明らかに広がる。

だが、それからのキンスキーの行動の変化が恋の成せるワザだ。「アフリカについて何を知っているというの」というシャンドライの言葉によって彼自身の音楽が変わり、お屋敷のインテリアが変わり、その変化を感じるシャンドライの気持ちも変わっていく…。

そして二人の間の心の距離感が最高に狭まった時に、辛いエンディングが待っているという、大人の恋の物語である。

■「シャンドライの恋」(日本公開2000年)監督:ベルナルド・ベルトリッチ脚本:ベルナルド・ベルトリッチ クレア・ペプロー出演:タンディ・ニュートン デヴィッド・ショーリス製作国:イタリア、イギリス

(20024月住宅メーカーPR誌掲載)

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1995年 自動車の中に僕が入る

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「自動車の中に僕が入る」

片岡義男 文・写真

黒い背景のなかに赤い自動車の切り抜きがある。この自動車はマーキュリーのクーガーだ。坂を上がって来る自動車は、ポンティアックのGTOだ。そして後部だけが写真のなかにとらえてあるのは、僕の記憶が正しければ、ダッジのチャレンジャーだ。三台とも、

ほぼおなじ時代のアメリカの自動車だ。つまり、三台をつらぬいている価値感は、おなじ時代のものだ。

無駄、あるいは余計なコスト、という視点から検討し直すなら、この三台の自動車は、どれもみなあっさりと落第だろう。大きすぎるし重すぎる、したがって燃料を消費しすぎる。排気の質は相当にひどいのではないか。明らかに資源を使いすぎているが、そのことに対比して用途はじつにトリヴィアルだ。

三台とも僕は自分のものとして乗っていた経験がある。ほとんどの場合、僕ひとりだけが乗って、どこかへ日常の用を足しにいくだけだった。

自動車は箱だ。その箱にはエンジンがあり、エンジンが四つの車輪を回転させて走る。運転する人はステアリング・ホイールを操作して、走る方向を選んでいく。アクセルがありブレーキがあり、ヘッドライトが灯ってドアのガラスは昇降し、正面のガラスに降りかかる雨は、ワイパーが拭ってくれる。

どんなに複雑な装置が加わろうとも、どんなにエンジニアリングが進化しようとも、自動車は箱だ。その箱にはドアがあり、そのドアを開いて僕はなかに入る。そしてドアを閉じる。

自動車は社会的な存在だが、箱のなかに僕が入って動かすという点において、それはきわめて個人的な存在でもある。

自動車が持つこの個人的な性格に、外側の造形と内側の雰囲気が、たとえば僕という個人に、情動的な影響をあたえずにはおかない。僕を情動的につき動かす自動車が、僕は好きだ。

欠点は多いが、ここにあるこの三台は、情感に訴えるところ大であり、そのかぎりにおいて僕は愛着を覚える。そのような自動車のなかになら、僕は入ってもいいと思う。

1995年1月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と写真は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985)

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1992年充実した毎日を送るための時間術

<特集テーマ「時間術>より

充実した毎日を送るための時間術

高山ビッキ・文

プロローグ

誰にとっても、空に抱く夢は大きい。64で地にリードしている海も広くてデッカイけど、空はその両方を包み込んでいる。「あなたにとって空のような人って誰?」と問う心理テストがある。その人は、あなたが世の中でいちばん好きな人だそうだ。当たってる?

1783年、フランスではモンゴルフィエ兄弟が紙で作られた熱気球の初飛行に成功した。そして、1903年にはアメリカのライト兄弟が人類最初の動力による飛行に成功した。

その空に繰り広げられた歴史に反して、個人史では、ジェット機で空を飛んだ後に、最近、熱気球による生身の空を体験した。おずおず空に浮かび上がり風まかせで飛んでいく気球に乗っていると、天空にいる神様も旧い付き合いの友達のように感じられた。

その後、花の名前にも星の名前にも詳しくない私は、ようし、昼間の空の名前に明るくなろうと決めた。そうして本屋さんで見つけたのが、その名も「空の名前」という写真集。ページごとに吸い込まれそうな、なつかしい空、空、空…。そういえばすっかり、空を見る時間をなくしていたことに気づく。

雲も、雨も、雷も虹も風も、みんな空から生まれたもの。そして、季節は空が世界一広いステージで演奏するシンフォニー。そう、季節の移ろい、時間の流れそのものに空は関わっているのだ。

一日中空を見ていて飽きない人は、夢をもっている人だと思う。空には、描いても描いても描ききれない未来があるから。以前バカンス上手のフランス人に「あなたにとってバカンスって何?」と聞いたら教えてくれた。「空っぽになること」。

第1章 恋すること

「恋とシンクロニシティ」

砂が落ちきったはずのあなたの砂時計がアップサイドダウン、再び時を測り始めたら、それは新しい恋の始まりかもしれない。

そんな気持ちになったことないだろうか。恋なんて一生しないかもしれない。もう二度と恋なんてするものか。そんな頑なな思いに対して「時間」はいたずらを企てる。だって「時間」は一時も休まず動いている訳だから、「恋の時間」を止めてしまっている人が許せない。スキを狙っては時間の流れに引き戻そうと、実は陰で、いろんな偶然を仕掛けているのだ。

運命の人に出会うコツって、この「時間」の性格を知ること。「時間」が仕掛けてくれた偶然()に敏感になること。つまり、ユングのいうシンクロニシティ(共時性)の存在を理解することなのだ。シンクロニシティとは恋する者同士の間に普通に起こるマジックのようなもの。

たとえば、こんな経験はないだろうか。誰かを好きになると、その人と同じ名前が目についてしょうがない。街を歩けばビルの名前から、新聞を開けば活字の中から、また、何気なく耳にする他人の会話の中から、その名前がわざとらしいほどクリアに飛び込んでくる。

思わず、ちょっとのめり込み過ぎかなあ、なんて自制する。でも、それは自分の想いだけによって起こることではなく、相手からの信号だったり、二人を見守るもっと大きなもののしわざだったりする場合もある。

だから、シンクロニシティの可能性を信じる想像力を磨くことは、恋愛能力を高めることに繋がる。これによって電車の中の不特定多数の人の中から、運命の人を見つけることだってできるかもしれない。

さて、シンクロニシティが理解できたら、新しい目で街を見回してみよう。あなただけに正しい信号を送っている人はいないだろうか。あなたと創る物語の暗号を握っている人はいないだろうか。その人に近付いたら、きっと皮膚がざわつくはず。

たとえそれが砂時計の落ちる間のようなはかない恋に終わったとしても、それはそれで恋の妙味というもの。ルージュを引き直して、もう一度街に出掛ければ、また新しい恋が見つかると思う。恋にシンクロニシティ(偶然の一致)はつきものだから。

●恋の絶対時間

男と女がアナログ時計の二本の針のようなハート・チェイスを展開した後、ようやくヌーンを迎える。これからは、そんなアフタヌーンの恋、つまり相思相愛(最近じゃあ死後かしら)になってからの恋と時間との関係の話。

せっかく、ポカポカ、ヌクヌクした午後の陽気のような時間を共有した二人に、「時間」は、また、いたずらを仕掛けてくる。二人の大切なモニュメントのアナログ時計を、そっとデジタル時計にすり替えてしまうのだ。「時間」としては、自分は一時も休まず時を刻んでいる訳だから、まるで永遠を手に入れでもしたかのように喜んでいる二人に嫉妬を覚えるのだろう。

そんなことに気づかない恋人たちは、二人だけのルールづくりを楽しんでいる。電話をかけあう時間、週末の過ごし方、待ち合わせの場所、…。ルールと言っても、できるだけ音楽のコード進行や幾何学模様のような綺麗な法則で二人の絆を強めて行きたいと思う。そこが「時間」の狙い目だ。

お互いの時間感覚の差に容赦なく「時間」はつけ込んでくる。いつもの時間に電話がない。週末のスレ違いが起こる。待ち合わせにどちらかが遅れる。そんな時に、これ見よがしにデジタル時計が始動する、シャカッ、シャカッ、シャカッと。恋の終わりへの秒読みでも始めたかのようにね。

頭の中で、待てども来ない相手と自分との花占いが始まる。来る、来ない、来る、好き、嫌い、好き、相性がいい、悪い、この恋は幸せ、不幸せ…。これが恋のデジタル期だ。恋愛が一分一秒を争うスポーツのように思える頃。疲れるけど、この時期を通過しない恋ってちょっと味気ない。やっぱり戦わなくっちゃ。

誰と戦うってわけじゃない。0か1かで測られるデジタル時計に対する果敢な挑戦だったりするのだ。それが、つまり、恋に一生懸命だということ。そうして、「時間」の悪戯で失ったアナログ時計を取り戻したら、二人の勝利。お互い許し合える余裕を持ちながら付き合っていけると思う。恋から愛に変わるってそういうことかな。

そして、もしその恋が愛に変わる前に終わっても、恋に一生懸命になれる女性は動じない。無機的に流れる時間とは別次元で、とっても素敵な時間をつかみとったから。

恋はやがて終わるもの、恋には絶対時間がある。四年といった作家がいる。素敵な恋だったかどうかは、無償の時間を過ごせたかどうかで測ることができそうだ。

第2章    仕事

「7年目の不思議」

マリリン・モンロー没後30年ということで公開されている映画「7年目の浮気」を観た。何に驚いたかって、モンローと浮気しそうになる男の奥さん、この人が31歳の設定なのだが、現在の感覚からするともっとずっと上の、落ち着いたイメージなのだ。

一瞬我が身を振り返り浮き足だったが、シガニー・ウィーバーやキム・ベイシンガーなど現在30歳を越したあたりの現役バリバリの女優さんを思い浮かべることで、ようやく冷静さを取り戻した。時の流れは女性の年齢イメージも変えるんだと理解することでね。因みにその映画の中でのモンローは22歳。考えてみると、あんな酸いも甘いも噛み分けた色気を発散する若い女性も、今、現実にはいない。

生活環境の変化によって、人間の成長速度にも変化が起きている。食生活の変化は身体的成長を促進させ、情報環境の変化は現代の若者を早熟にした。ところが、一方、社会的・精神的速度となると逆に後退しているように見える。それが良く言えばいつまでも若い、悪く言えば大人になりきれないということになるらしい。

健全な細胞分裂をくり返した身体をもつ人間ならば、周囲がとやかく言わずとも大人になる決心をする時期がくるはずだ。さて、大人になっていい仕事をしたい人のために7年というサイクルの不思議について話をしよう。先の映画でも、精神科医が「男は結婚7年目に浮気に走る傾向がある」と分析していたが…。最近、普通に暮らす人の成長過程を7年ごとに追い掛ける、ユニークで気の長い試みをしたイギリスの放送局の番組が日本で紹介され、観る機会を得た。グラナダテレビ制作の番組「世界の7歳」。同じ人物を7歳から初めて、14歳、21歳、28歳、35(現在はここまで)と、暮らしぶりなどがどう変化したかをカメラに収めている。

見る側はどうしても自分の人生と照らし合わせてしまう。そうしてみると、21歳から28歳の7年間に人生が大きく変わる人のケースが目立つ。人間にとって、この時期は子供から大人へと自然に脱皮する時期なのかもしれない。

つまり、社会的動物である人間の生活細胞は7年で入れ替わる。10年よりも流動性があって適当なサイクルなのかもと。そこで自分の人生や仕事のやりがいなどについて考えるとき、あなたにとっての「7年」というサイクルを意識してみてはどうだろう。これまで自分の人生の中で繰り返された7年で、あなたの物事への興味や生きがいがどう変化してきたか、とかね。これからの「7年」がもっと生き生きしてくるかもしれない。

●サーカディアンリズムと自分内速度

人には人それぞれの内にもつ時間感覚があると思う。バルセロナオリンピックで活躍したアスリートたちの筋肉にも速筋と遅筋があるように、性格にも速い、遅いがある。性格の速い人は、機敏とか、またはせっかちと言われたり。反対に遅い人は、おっとりしているとか…。

ともあれ、そんないわば自分内速度に乗って活動する方が、タイムレコーダーで秒刻みに試す社会に縛られるよりも、なんか体によさそうだ。もちろん、機械仕掛けの時計にしたがわなければ仕事が成立しない場合もあるし、アスリートたちの競う1秒の差が人類の夢に繋がっていることなどを考えると、機械時計の存在やそれに合わせることの意味を否定するつもりは更々ない。

ただし、社会という枠の上にはもうひとつ大きな自然という枠があり、それに同調するほぼ一日単位の周期、サーカディアンリズムを無視するなら、いつかその代償を払わされることになることを忘れてはいけないということ。

バイオリズムがあって、サーカディアンリズムもその一種だが、周波をコンピュータではじきだしてそれに合わせるというのも違うような気がする。むしろ、毎日毎日をちゃあんと新しい時間として感じ、自分なりのイメージで朝・昼・夜を描き出していく。その訓練が必要。

朝は生まれたての子供のように活発に、昼は青年のように前向きに何かに熱中し、夜は老練な紳士のようにゆとりをもって遊び、寝るときはいさぎよく…。つまり、一日を一生の最小単位の短縮形として生きる。これが一日一日を大切に生きるってことなんじゃないかな。

表面上は昨日と変わらない今日という日が、本人が生まれ変わることで新鮮に感じられる。いつもイキイキしている人の秘訣ってそのあたりにあるのかも。

子供の頃のように何かに夢中になれる時間をサーカディアンリズムに乗ることで回復する。自分の身体の自然なリズムの中に社会の時間尺度を組み込めば、仕事はもっとも楽しくなるのかもしれない。

第3章   

「クロノスから逃げる旅」

恋や仕事には、自分の意志ではどうにもできない時間の流れが絡んでくる。この人を一生愛し続けよう、この仕事ならきっと長続きする、そんな「最初」の願いや想いを、時間は無下にも風化させる。

時間の神、クロノスのしわざだろうか。よくタイミングがいい悪いという言い方をするが、運がいい悪いを具体的に言い換えたものだろう。もう少し早く出会っていれば、やめるタイミングを逃したから今だにズルズルと、なんてね。

その、自分ではどうしようもない「時間」から逃れるために、人は旅に出るのだと思う。恋から距離を置きたいとき、仕事に疲れたとき、旅情にかられるでしょ?旅の中で人は匿名性を帯び、自由になる。何者でもなくなり、ここではない何処かをいつも彷徨う状態。それがクロノスから解放される癒しの時間なのだ。旅はだれにとってもすばらしい。だから、そら、時計を外して旅に出よう。

●タイムトラベルなんて、簡単、かんたん

睡眠を一日8時間とる場合、私達は一日の1/3を活動のできない無用の時間と考える。眠らないで済む身体をもっていたら、もっといろんなことができるのになあと思うのが、24時間都市に住む現代人の本音。

ところが、我々と祖先を同じくするかもしれないインディアンは、そう考えない。彼らは夢で見たこと、現実に体験することの間に虚実の差をつけない。彼らが創る詩には、だから、たとえば家が空を飛ぶなどという、私達にとっては不条理に思えることが、普通に起こるリアルなこととして描かれている。

そう言えば、私達にも、夢に妙なリアリティを感じるときがあるもの。自分のもうひとつの思い出としてファイルしたくなるような夢がある。ほら、夢の中には平気で子供の頃の自分が登場するじゃない。つまり、過去に帰ることができる。その一方で、夢の中で近い未来を感じてしまう正夢もある。

夢じゃなくてもいい。目覚めていると思っているときでも、何か特別なものを視たり、聴いたり、臭いだり、味わったりしたときに、普段忘れていることをありありと思い出すことがある。タイムとラベルとは、このことを言うんだと思う。

要するに、私たちの頭の中は、宇宙空間に匹敵する未知の領域なのである。アーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画「トータル・リコール」は、まさにその辺りのことを描いていた。現実の機械時間で測る一秒が、一生のようにも、人類の歴史のようにも感じられる体験は、実はすべて脳の中で起っている。その時、時間の観念は消える。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でドクの発明したデロリアンが消える瞬間は、そういう感覚のアナロジーと考えてもいい。

そして何かに夢中になっているときというのは、このタイムトラベルに近い現象が起こる。現実の時間は、自分の意志に反して飛ぶように感じられるはずだから。

時間をゆっくり進めたり、スピードを速めたりということを、居ながらにして自在にできたら、それだけでもう旅の快感。それには、普段から、時間と戯れる心のゆとりをもつことが大切なのだ。

199210月ファッション専門店PR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが1992年に企業のPR誌に執筆したものほぼそのまま掲載しています。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2012年7月10日 (火)

1996年 ファッション雑誌の足もと

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「ファッション雑誌の足もと」

片岡義男 文・写真

外国のファッション雑誌を見ていると楽しい。見るたびになにかをそこに発見する。ずっと以前に僕が発見したことのひとつは、ページの下のほうには、椅子やソファにすわったモデルたち、あるいはさまざまな立ち姿でポーズしている彼女たちの、足もとがあるという事実だ。

あたりまえと言うならごくあたりまえのことだが、これが造形的にあるいはデザイン的に、なんとも奇妙な光景で面白い。ページをくりながら、その下のほうだけを見ていく。モデルたちの足もとだけがそこにある。どれもまったく見分けがつかないほどによく似ている。おたがいにすべてが相似形だ。それでいて、どの足もとも、ヴァリエーション豊かに、デザイン的に異なっている。

接写レンズをつけた一眼レフのカメラで、僕はファッション雑誌の足もとを見ていく。ファインダーの小さな長方形のスペースを使って、ヴァリエーション豊かな、そしてあからさまに女性的な足もとを、僕は切り取っては撮影してみる。カメラによる切り抜きだ。

いつのまにかたくさんたまったカラー・リヴァーサルを、五十枚ほどライト・テーブルに広げて観察すると、その光景は壮観だ。男性と女性に厳しく明確に二分された装いのうち、女性のほうの装いを完結させる足もとが、乱舞している。

十年くらい前まではどこかに丸い優しさを残していた彼女たちの足もとは、いまでは鋭い攻撃的な雰囲気を高めきったようだと僕は思う。

19964月住宅メーカーPR誌掲載)

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2001年 グリーンカード(映画に住みたい)

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「グリーン・カード」

NYで植物と一緒に暮らす方法

高山ビッキ・文

周囲に緑がなくなればなるほど、ちょっとしたスペースにも緑がほしくなるのは、アメリカ人も日本人も同じこと。

この映画のヒロイン、ブロンディー(アンディ・マクダウェル)は、NYでガーデニングを楽しむのに最適な、素敵なパティオのあるアパートメントを借りるために偽装結婚までしようとする。アパートの管理組合が独身者には貸さないことにしているためだ。

一方、この偽装結婚の相手は、同じ“緑”でもグリーン・カード、アメリカ永住権をほしがっているフランス人のフォレー(ジェラール・ドパルデュー)。しかし、移民局からこの結婚の真偽が疑われることから、とりあえずフォレーがこのアパートに転がり込むことになり、スッタモンダが始まる。

天井高く、ドーム状の天窓とクラシカルな石造りの水場があるパティオは、ブロンディーならずとも憧れてしまう。

都市に植物を増やす運動をしている彼女は、室内装飾にも花柄を上手に活かしている。寝室のクロスには小花模様、ダイニングテーブルには大きな花柄のクロスと、空間に合わせて使い分けている。

でも、そんなふうに植物と一緒に暮らすことに積極的になっているうちに、もっと大切なもの、一緒に暮らす相手を見失っていた。

■「グリーン・カード」(日本公開1991年)監督+脚本:ピーター・ウィアー 出演:アンディ・マクダウェル ジェラール・ドパルデュー製作国:アメリカ

(20011月住宅メーカーPR誌掲載)

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1998年 ロミーとミッシェルの場合(映画とファッション)

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■「ロミーとミッシェルの場合」

めざせ同窓会クィーン!

高山ビッキ・文

同窓会とは、楽しく残酷にも現在の自分を映し出す鏡。卒業後どう生きたかが懐かしい友人たちの間で評価され、笑顔で再会を喜び合う表情の裏で、お互いどちらが幸せか、成功したかを確かめ合う場所でもある。

女性の場合、その競争のポイントは次の3つ。

1、   結婚で幸せになっているか、

2、   仕事で成功したか

3、   ボディが年齢よりも若く見えるか。

この映画のヒロイン、ロミーとミッシェルの場合、

1、   どちらも未婚、予定もなし、

2、   仕事で目的を達成していない

3、   強いていえばあるのはコレ。

二人はハイスクールの“マブダチ”同士で、オシャレが大好き。田舎町の高校では浮いた存在だった。卒業後は憧れのロスで同居し、手作りのド派手な服を着てはクラブで踊る気楽な生活を送っていた。

そんな“超イケイケ”の女のコは、ロスのような大都会ではサマになるが、保守的なカントリーでは居心地が悪かった。ぶっ飛んだキャラにつけこまれて“コンサバおねえちゃん”たちにイジメられることも多かった。

そこで同級生たちを見返してやろうと、ブラックフォーマルに身を包み、ビジネスで成功したキャリア・ウーマンを装って同窓会会場に乗り込むが…。化けの皮はすぐにはがれてまたしても、結婚して幸せそうな“コンサバおねえちゃん”たちにからかわれ、みじめな思いをするロミーとミッシェル。

そんな二人を勇気づけ、ラストの“大ドンデンガエシ”に導いたのは、ロスで磨きをかけたボディと、大好きないつものハデハデファッションだった。そして二人のキュートな友情。同窓会クィーンになるためには、やっぱりボディのシェイプアップが必要?

■「ロミーとミッシェルの場合」(日本公開1997年)監督:デヴィッド・マーキン脚本:ロビン・シフ出演:ミラ・ソルヴィノ リサ・クドロー ジャニーン・ガラファロー 製作国:アメリカ

(19981月補正下着メーカーPR誌掲載)

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2008年 大人の遊び心を刺激するホビー消費

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大人の遊び心を刺激するホビー消費 

高山ビッキ・文

●大人向けにシフトした子供の遊び

少子化の影響で、ここ数年、市場経済の縮小が懸念されている玩具業界の大人向け市場である。

例えば、来年でテレビアニメが放映されて30年になるガンダムの人形をはじめとするフィギュアやプラモデル市場は、子供の頃に手にとって遊んだ記憶のある大人たちを満足させるためにディティールの精密度を高める商品を開発することで、年々市場を拡大している。

また東京ビッグサイトで毎年開催されている「日本ホビーショー」の今年のイベントでも、ビーズや塗り絵、粘土細工、模型づくりなど、本来のジャンルは子供の遊びだったものが、大人の遊びとしてカテゴライズされていた。

ホビーを趣味と直訳すれば、読書や音楽鑑賞なども入るのだが、いまのホビー市場は、どちらかといえば子供の遊び道具を大人向けに成熟化・精密化させたものが多い。

●子供の頃の思い出を忘れない世界

そこで、今回の「葡萄分析図」では、子供が中心になっている遊び道具で大人にも注目されているホビー商品を中心に構成した。葡萄分析図を構成するホビー市場のキーワードは、ホビー行動における「集める」行動と、それに対する「つくる」行動で、それぞれを「キッツ&プロダクツ」と「マシン&サイエンス」という2つの視点から集約した。

ロックアーティストに憧れたり、自身がロッカーだった少年が、成人したあとに何十万もするギブソンのエレキギターを買い求めバンド活動を始める。またバービー人形やリカちゃん人形で遊んだ少女が、大人になって自分のために再び買い集める……何かを集めたり、つくったりするホビー市場は、キャラクターグッズなど特定のプロダクツを集めたり、ビーズなどキット化した部材でアクセサリーをつくったりするなど、いわば「キッツ&プロダクツ」の方向性が活気づいている。

一方アニメに登場したマシンやフィギュア、また世界の珍しいクワガタやカブトムシを集めたり、また鉄道模型やラジコンなどを組み立てたりする大人たちは、いわば「マシン&サイエンス」の世界への関心が高い。

●ホビー市場の背景にあるもの

いま、ホビー市場を形成している「キッツ&プロダクツ」も「マシン&サイエンス」も、夢中になって没頭できた子供の頃をあらためて実感したいとの願望によって下支えされているのかもしれない。そんなホビー市場の背景として次の3点が挙げられる。

1、   余暇の必要性と余暇時間の増加

今年の日本ホビーショーでは、定年退職により余暇時間が増えた団塊世代を主ターゲットとした鉄道模型が初めて登場するなど、ホビー市場に新しい男性層を開発する試みがいくつか見られた。また富裕層と呼ばれる人々のなかには、IT関係を中心としたビジネス成功者も多いが、彼らのストレス解消法としても最近はホビー市場が注目されている。ネットオークションのヤフー・オークションやEBAYの人気も、そうした人々に支えられている。

2、   日本のオタク文化への世界評価

ホビー市場には、少し前まで「オタク文化」として批判的に見られていたジャンルもあるが、しかし、そのオタク文化自体がマンガやアニメをはじめ、世界的に評価されるようになったいま、それを趣味にすることに抵抗がなくなってきた。

 3、20世紀文化を継承するもの

最後にもうひとつ挙げるとしたら、時代の大きな転換期における何かを遺したいという人間の本能のようなものではないだろうか。いまのホビー商品は、20世紀後半に生まれたものが多く、21世紀の現在、前世紀の良いものを伝えたいという、現代の大人の欲求が働いていると考えることもできるだろう。

2008年夏)

※この文章は高山ビッキが2008年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2001年 エリスマン邸(先人の暮し方に学ぶ)

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●エリスマン邸(アントニン・レーモンド設計)

日本人の住まい方のなかにモダニズムを発見した建築家

高山ビッキ・文

幕末の開港以来、外国人意留地としての歴史をもつ横浜山手は、散策しながら多くの異人館を見て楽しめ、時にはそうした古い洋館の中でお茶を飲むこともできます。平成2年に元町公園内に復元されたエリスマン邸も気軽に立ち寄れる異人館のひとつです。

元々山手127番にあったこの建物は、大正15年に創建された木造2階建ての住宅。建築主のエリスマンは、スイス生まれで、明治21年に来日し、戦前最大の生糸貿易商シーベルト・ヘグナー商会の横浜支配人として活躍した人です。

日本人と結婚し横浜にとけ込んで暮らしたエリスマンは、妻や使用人のために和館付きの洋館を建てました。昭和15年に亡くなり、横浜山手の外人墓地に眠っています。

さて、横浜の歴史を物語るこの旧エリスマン邸は、実は、住み手を失ってからはマンション建設のために取り壊される運命にありました。しかし市民からそれを惜しむ声が上がり調査したところ、これが旧帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの助手として来日し、その後日本の建築界に大きな影響を与えたチェコ人建築家アントニン・レーモンドの設計によるものだということがわかったのです。

残念ながらすでに和館の方は取り壊されていましたが、洋館部分だけが移築再建され、レーモンドの作品とその建築思想の一端を後世に伝える場所としてよみがえりました。

アントニン・レーモンド(18881976)は、ボヘミアのグラノド生まれ。文字通りボヘミアン的生き方をしたレーモンドは、プラハの工科大学で建築を学んだ後、パリ、ニューヨークと渡り歩き、大正8年(1973)年にライトともに横浜港に到着しました。

その後は、旧帝国ホテルの完成を見ずに日本を離れたライトとは対照的に、レーモンドは日本への定着を決め、昭和481973)に離日するまで、第二次大戦中を除き、40年近くの間、多くのすぐれた建築を残し、前川國男、吉村順三など優秀な日本人建築家を育てました。

戦前の代表作には、東京女子大のチャペルや講堂、聖路加病院、アメリカ大使館などがあり、戦後は、リーダーズダイジェスト東京支社、群馬音楽センター、南山大学などを設計したことで知られます。

ビッキの住宅温故知新

和と洋が自然に融け込んだレーモンドスタイル

大正15年に建てられたこの建物は、アントニン・レーモンドにとって住宅建築を再考する時期の作品だったと言えるかもしれない。その大きなきっかけとなったのは、大正12年の関東大震災である。

エリスマン邸の外観は、バルコニー・屋根・窓・鎧戸・煙突といった震災前の異人館的要素を受け継ぎながら、大小ふたつの寄棟屋根を雁行形に配した明快な構成やフランク・ロイド・ライトの影響と思われる出の深い軒の水平線の強調に、明らかに新時代の洋館意匠への取り組みが感じられる。また震災時、屋根瓦がすべり落ちるのを目の当たりしたレーモンドは、この住宅では天然スレート葺きにしている。

構造は、木造軸組工法で外壁下地材は斜め打ちに、また、構造材は太く、筋かいも多用するなど耐震性を高めている。レーモンドは単純な材料と構造に行き着くモダニズム建築を追及する過程で、日本人の自然観に基づく建築こそがまさにそれであることに気づく。

そして戦後は、それを「レーモンドスタイル」という手法に高め、自らは「自然性、単純性、直截性、正直性、経済性」の5つを信条に、和と洋が自然に融け込んだ建築の国際的な普及化を推進した。

20011 住宅メーカーPR誌掲載)

■エリスマン邸231-0861 神奈川県中区元町1-77-4TEL.045(211)1101開館時間:9:3017:00 喫茶室ご利用時間:10:0016:00 入館料:無料 休館日:第2水曜日(祝日は開館し翌日休館)年末年始(1229日~13日)

※この文章は高山ビッキが2001に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。●このサイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで 03(3981)6985

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1995年 切手という不思議

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「切手という不思議」

片岡義男 文・写真

外国から手紙が届くたびに、不思議だなあ、あんな遠いところからよくも届いたなあ、と僕は思う。郵便システムがあるから届くのだ、ということはよくわかっている。世界の郵便システムは、ほとんどかたときも休むことなく、機能し続けている。

そのスケールの全地球的な巨大さと複雑さに思いをはせるとき、世界の郵便システムは轟々と音を立てて機能している、などという表現を僕はしたくなる。

そしてそのシステムは、不思議さの余地など、まったくないと言っていいほどに、発達している。僕の日常のなかへいきなり外国から葉書や封書が届くとき、轟々と音を立てて機能しているはずの世界の郵便システムを感じさせるものは、投函した人が貼り、投函地の郵便システムが消印した、その現地の切手だけだ。

片隅に貼ってある小さな四角い紙が、基本的には世界のどこからでも、僕の手もとに葉書や手紙などを運ぶ。受け取ってつくづくと切手を見ていると、僕の日常の場所からその手紙や封書の投函された外国までの距離を、僕は感じないわけにはいかない。

あんなところからこれがなぜ届くのか、ほんとに不思議だ、と僕は思う。貼ってある切手とその周辺の様子が、僕の写真心をとらえる。だから僕はその光景をよく写真に撮る。

切手が一枚だけなのは、パリからだ。消印はモンパルナスとなっている。切手が二枚あるのは、温泉を楽しみながらアラスカでオーロラの出現を待っている、写真家からのものだ。そして切手がたくさん貼ってあるのは、何年も前、アメリカの友人が資料を送って来てくれたときのものだ。

199511月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と写真は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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2001年 ハウスシッター/結婚願望(映画に住みたい)

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■「ハウスシッター/結婚願望」

空間に夢物語を生み出す才能とは?

高山ビッキ・文

大都市に近いのに自然に恵まれたマサチューセッツの閑静な町。そんな理想的な住環境に、建築会社勤務のディーヴィス(スティーブ・マーティン)は新婚生活を送るための家を建てた。

二階建てと一階建ての二棟をガラス張りの廊下スペースが繋ぐ。(この二棟構えの家は“ソルトボックス・ハウス”と呼ばれている。)外構はその二棟を囲むようにぐるりとポーチが巡らされている。実際、この建物は、米国の雑誌『ハウス・ビューティフル・マガジン』の“最優秀小型住宅”に選ばれたものらしい。

と、まあ、そんな素敵な家をまるごと真っ赤なリボンで結んである女性にプロポーズしたディーヴィスだったが、返事は“No”。ところが住み手を失ったこの家に、どうしても住みたくなった女詐欺師(グエン/ゴールディ・ホーン)がいた。

グエンは、新築で空っぽの家の中に家具やインテリアを入れ夢に見た生活を作り上げる。グエンは状況に応じてありえない物語を生み出す天才だ。

彼女がインテリアのコーディネートが得意なのも、何もない空間にイメージを与える創造力があるからだろう。人生を楽しむためにこんな才能がほしい!なんて思わせるハウジング・コメディである。

■「ハウスシッター/結婚願望」(1992年製作)監督:フランク・オズ脚本:マーク・スティン出演:スティーヴ・マーティン ゴールディ・ホーン製作国:アメリカ

(20017月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章は高山ビッキが2001年に企業のPR誌に執筆したものをほぼそのまま掲載しています。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで03(3981)6985

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1999年 三鷹市山本有三記念館(先人の暮し方に学ぶ)

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●三鷹市山本有三記念館(東京・三鷹市)

昭和初期のおおらかなモダニズムをファンタジックに伝える洋館 高山ビッキ・文

JR三鷹駅から玉川上水沿いを歩いて10分ほどのところにこの記念館はある。まず、石をあしらった背の低い白い門を発見すると、そこからは大きな樹木がさえぎり家の全貌は見えないが、メルヘンの世界に足を踏み入れるような期待感に胸がときめく。が、その前にもうひとつの発見。門のそばに大きな石がある。それが“路傍の石(ろぼうのいし)”。

この家は小説家山本有三(18871974)が、昭和11年から21年までを家族とともに暮らし、小説『路傍の石』を生み出した家なのである。

『路傍の石』は、家が貧しくて向学心を抱きつつも中学に進学できずに奉公に出された少年が、そんな逆境を跳ね飛ばして上京して苦学する姿を描いた、社会派小説である。

小説に描かれた主人公の吾一少年を取り巻いていた環境と、あまりにもちがうその作者の家に戸惑う人も多いようである。しかしもし、吾一少年がいつか住みたいと夢見ていた家がこんな瀟洒な洋館だったとしたら…。

『路傍の石』は戦時下の検閲干渉のために執筆は中断され、完成していない。けれどもこの家は、描かれなかった少年のその後の生き方を想像するときに全く別の小説の展開さえ期待させる。しかし吾一少年がその後どんな人生を歩もうとこの家には、どんな境遇にあっても明日は今日よりすばらしいと前向きに信じる山本有三、そして当時の日本人のおおらかな近代精神が今も宿っているようだ。

■ビッキの住宅温故知新

震災後に建てられた、しっかりとした構造と折衷様式の洋館

この家は大正末期に建てられた住宅を、昭和11年に山本有三が購入したものである。設計者は不詳だが、関東大震災後の郊外の家ということで、戦前の日本の木造住宅としては耐震性もあり実に堅牢につくられている。

建物は大正時代ならではの自由な折衷表現をもっている。まず、外観の最も大きな特徴である暖炉煙突の石積みは、日本の洋館には珍しく荒々しいデザインで、スコティッシュ・

バロ二アル様式に近い。全体にアーチが多用された造りはゴシック様式的だが、自然庭園のなかにある煉瓦と石の家というイメージはイギリスのカントリー・コテージ風。

ドアや窓の金具はドイツ製。曲線と幾何学的模様の両方が見られる壁面や内部は、近代の装飾様式ユーゲント・シュティールやアール・デコの影響にも見えるが、日本の近代的

な文様にも通じる。また、庭に面したテラスや2階のバルコニーはコロ二アル風である。

そして晩餐客用のドローイング・ルームや意匠を凝らしたマントルピースのある、こんな本格的洋風建築のなかに、忽然と数奇屋風書院造りの和室が現れる。(この和室は有三の好みで後から改装しつらえたもの。)

震災後、このような様式混淆の住居は多数造られたそうだが、現存しているのは珍しい。自由な表現はしっかりした構造に守られている。

19997月住宅メーカーPR誌掲載)

三鷹市山本有三記念館

181-0013 東京都三鷹市下連雀2-12-27 TEL.0422(42)6233URLtp://mitaka.jpn.org/yuzo/ 入館料:300(20人以上の団体は200)※中学生以下及び障害者手帳持参の方と介助者は無料。校外学習の高校生以下と引率教諭は無料。休館日:月曜日(月曜日が休日の場合は開館し、休日を除く翌日と翌々日を休館)年末年始(1229日~14日)開館時間:9:301700交通:JR中央線三鷹駅南口より徒歩12

※この文章は高山ビッキが1999年に企業のPR誌で連載していたものほぼそのまま掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。※本サイトへのお問い合わせはケーアンドケーまで 03(3981)6985 URL:http://kaeru-kan.com/kayale-u/ (WEBカエ~ル大学)

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2012年7月 9日 (月)

2007年都会と地方の2地域居住、広がる居住ライフ

2007年<生活トレンド分析>

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今年(2007年)から注目されるのが団塊世代の大量定年による〝団塊族の大移動〟。なかでも、大きな流れは「都市回帰」と「地方回帰」双方の〝国内大移動〟だ。そして理想をいえば、都市と地方のどちらにも生活拠点をもち、行き来して暮らす「2地域居住」を希望する人が増えている。

「都市回帰」は、子供が独立するまでは郊外一戸建てに住んでいた団塊夫婦が、都市部のマンションで生活の利便性や質、文化性を高めるライフスタイルへの転換。一方の「地方回帰」は、退職を契機に田舎で農業や釣りなど自然とふれあう生活を求めた地方への移住だ。その場合、移住先が自分の出身地や実家のある場所とは限らないところが最近の大きな傾向で、自分にとってより快適な土地を求めて移住しようとしている。

ちなみに日本経済新聞社の調査によれば、団塊世代の移住希望者に最も人気の高かった場所は沖縄。特に周辺に衣・食・住・遊・医など生活の安全と豊かさを約束する機能を

備えたリゾートタウンへの関心が高い。

「移住」は、決して定年退職者だけに関わるキーワードではない。30代を中心としたいわゆる団塊ジュニアに相当する層で、特にIT関連ビジネスで成功している人々にとっても2地域居住」は魅力があるようだ。何といっても彼らはIT精通しているがゆえに、仕事場を限定しないでいい。なかにはオフィスごと定期的に「移住」させている会社もある。

総務省は、都会と田舎の両方に滞在、居住しながら、田舎では地元の人々と交流するライフスタイルを「交流居住」として推奨。また、国土交通省は「2地域居住」を積極的に支援する体制を打ち出している。国や自冶体は豊かな自然の残る日本が見直され、地方経済の活性化につながるものと期待している。

「移住」という発想が一般に浸透していくなか、旅のしかたも変化している。国内・海外を問わず、個人的に気にいったところに何度も足を運ぶリピーターが増加。それが、リタイア族の「移住」先、つまり〝第ニの故郷〟になる可能性は高い。

少子高齢社会となった現在、子が年老いた親の面倒をみながら代々受け継いだ土地を守るという、伝統的な共同体や家のシステムは従来どおりには立ち行かない。親世代も、貯蓄したお金は自分たちで使い尽くそうと考える人が増えたといわれる。こうして旧来的な「家」も「共同体」も揺らいでいるなかで、人々は「移住」へと誘われているのかもしれない。

そしてその先に見えてくるものは新しい「ホーム」であり、新しい「ホームタウン」なのではないだろうか。今、団塊世代の地域活動による新しい町づくりへの関心はかなり高い。日本人は「移住」しながらも、どこかに「回帰」を求めているのかもしれない。

(2007年夏掲載)

※この文章は高山ビッキが2007年に企業のPR誌で連載していたものに加筆修正しております。

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2012年7月 8日 (日)

1995年 本のなかに咲く花

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「本のなかに咲く花」

片岡義男 文・写真

本というものは、たいへんに不思議なものだ。ページという呼び名の、おなじ大きさの紙が何枚も綴じてあり、一冊という容積の基本単位を作っている。

何枚ものページには、非常に多くの場合、ひとつにつながった文章が文字で印刷してある。一冊の本の容積の大部分は、ページの総面積だ。ページの総面積は文字の総量であり、その文字を読んで理解しないことには、本というものの少なくとも本来の機能は、引き出すことが出来ない。

ページに文字の印刷してある本は、本というものの不思議さの、おそらく頂点に立つ形態だろう、と僕は思う。絵や写真の印刷してある本が、それに次ぐ不思議さを充満させた本として、位置している。文字の本はその文字を読まないことには、それぞれの不思議さの内容には入っていけない。絵や写真の本は、ページを開いてそこに印刷されているものを見さえすれば、それぞれの不思議さのただなかへ、直ちに入っていくことが可能だ。

花の絵が印刷してある本のページを開くと、ページという紙の二次元に、花が咲く。ページを開いたとたんに目に入って来るその花は、まるでそのときの瞬間、そのページに咲いたもののように見える。そしておなじくその瞬間、その本のぜんたいがその花になる。咲いた瞬間を、三とおり、僕は撮影してみた。

19957月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と写真は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。

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1994年 僕のコンコルド

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「僕のコンコルド」

片岡義男 文・写真

僕はコンコルドを二機、所有している。二機とも模型だ。縮尺は異なるが、どちらも掌に乗る。単発や双発の小さなプロペラ機を別にすると、大きくなればなるほど、どんなに良く出来た飛行機でも、すさまじい機械じかけで離陸し、強引に空を飛ぶことから来る、どうにも逃れようのない鈍重さが、機体そのものに、そしてその周囲に、常に漂う。

指先でつまめるほどの大きさの模型になっても、そのことに変わりはない。しかしコンコルドの機体の造形には、そのような鈍重さを、少なくとも模型で見るかぎりでは、僕はほとんど感じない。

流麗に引き締まって完結したたたずまいは、たとえば僕がデスクの上で撮る写真の被写体のひとつとして、たいへんに使いでがある。黒い紙の上にコンコルドを置き、五十五ミリの

マイクロ・レンズをつけたカメラでのぞきこむと、ひっくり返した腹面は別にして、それ以外の部分なら、どんな角度からとらえても、コンコルドはさまになる。

コンコルドの模型を使って、凝った写真を撮るための準備を僕はいま進めている。その前段階として、なにかが印刷してある紙の上に、あるいはそのそばに、一機のコンコルドをただ置いただけという単純な構図で、練習的に多くの写真を撮り、コンコルドの美しさを

いろんなふうに僕は確認しているところだ。

そのような写真のうちの三点が、ここにある。コンコルドととともに映っているのは、外国のファッション雑誌だ。このような取り合わせだと、どんなものとともにあっても、コンコルドはすんなりとそれと調和し、寄り添ってしまう。平凡な言いかたになるが、コンコルドの造形は女性的なのかもしれない。真にすぐれて女性的な造形は、それ以外のどのようなものとも、少なくとも造形的には、なんの無理もなくごく自然に、共存出来るのだという仮説を、僕はいま楽しんでいる。

(1994年4月 住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と原稿は片岡義男さんからの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。

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2012年7月 7日 (土)

1994年 ページの中の赤い色

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「ページのなかの赤い色」

片岡義男 文・写真

アメリカの雑誌を見ていると、びっくりするような光景に出会うことが、しばしばある。びっくりするような光景とは、雑誌というものを構成しているページの上での、ある種の大胆なデザイン処理のことだ。その大胆さをひと目見て僕は充分に驚く。そしてその驚きは楽しさであり快感であり、芸術的と言っていい感銘でさえある。だから僕はアメリカのさまざまな雑誌を見ることを、やめるわけにはいかない。

雑誌でも本でもページを作っている紙は、まず圧倒的に白い紙が多い。そうではない場合もあるが、文字が大量に印刷されるためのページは、基本的な了解ないしは前提として、白なのだ。そしてその白いページの上に、文字は黒い色で印刷される。黒い色ではなくともいっこうにさしつかえはないが、白いページに言葉が大量に印刷されるとき、その文字の

基本色は黒だときまっている。

白いページに、黒い色の文字で、大量に印刷されたさまざまな言葉。この白と黒の世界に、鮮やかな色彩を持ち込むとしたなら、その色はまずどの色よりも先に、赤なのではないか。ページのなかの赤い色。その赤の大胆な使い方の例が三つ、ここにある。

35ミリのマイクロ・レンズが作る遠近法のなかで、ページのなかの赤い色を、僕は写真機のファインダーで、つまりフィルムのあの長方形で切り取り、撮影してみた。一定の長方形の枠で切り取る行為は、それ自体がひとつのデザイン行為だ。白いページに黒い文字、そしてそこに加えた赤い色というデザイン行為の結果である。完成された雑誌のページを、僕は写真機でもう一度、デザインしなおしている。

それにしても、ここにあるこの三とおりの赤は、ものすごいとしか言いようがない。ページの白は、陽に照らされた世界だろうか。その上に刷り込まれた文字の黒い色は、闇の世界を抽象的に代表している。言葉というものは、闇の奥から陽のなかへ出て来る。そして鮮やかな彩りである赤い色は、大地の象徴だ。

(199411月住宅メーカーPR誌掲載)

※この文章と写真は片岡義男さんの許可をいただいて掲載しております。無断転載を固く禁じいたします。

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2012年7月 6日 (金)

はじめましてコトバデフリカエルです

“エッセイ”で時代をふりかえるアーカイブズです。高山ビッキが1990年以降、企業のPR誌等に執筆してきたエッセイを掲載年を入れて紹介します。作家の片岡義男さんの原稿も許可をいただいて掲載しております。

その時刻んだ言葉はその時代の気分を表わしているもの。言葉でふりかえると、時代がよみがえります。エッセイでその時代の空気感を味わっていただけましたら幸いです。

※このサイトへのお問い合わせはケーアンドケー03(3981)6985まで  URL:http://kaeru-kan.com/kayale-u/

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