2021年8月22日 (日)

かえるモノ語りー自然と文化をつなぐカエル56 「ほっと・ねっと」2021年8月号 鋤(すき)のような足のニンニクガエルは土の中がお好き

<鋤(すき)のような足のニンニクガエルは土の中がお好き>

 高山ビッキ(100年カエル館)

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ニンニクガエル(柴田まさる画)

 猛暑のなか行われた東京オリンピック。一番印象に残った選手は誰?と問われれば“カエル好き”としては迷うことなく、ボクシング女子フェザー級のゴールドメダリスト、入江聖奈選手を挙げるでしょう。

 世界に向かって「カエル好き女子」の存在を知らしめたのではないでしょうか。

 「多様性」がテーマのひとつでもあった今回のオリンピック。何を好きかという、趣味嗜好も人それぞれであるという当たり前のことを、明るくあっけらかんと表明してくれました。

 カエルは、生物多様性を象徴する生きものです。世界には約6500種のカエルがいて、それぞれ生息する自然環境に適応して生きています。

 最近は日本でも水族館の生体展示や、世界の自然をテーマにしたテレビ番組などで外国のカエルを目にする機会が増えています。ただどちらかというと、見るからに日本のカエルとは違うビビッドな体色や珍しい生態をもつ、たとえばヤドクガエルやベルツノガエル、トマトガエルなど赤道付近から南半球に分布するカエルが紹介されることが多いように思います。

 では、日本とは同じく北半球でもヨーロッパ大陸にはどんなカエルがいるのでしょうか。今年、世界自然遺産に登録された奄美・沖縄を擁する日本と違って種類はあまり多くはありませんが、魅力的な生態をもつカエルがヨーロッパ各地にいます。

 一種挙げればヨーロッパ中部・東部を中心に分布しているニンニクガエル。スタミナがつきそうな名前のカエルですが、これは和名で、英名はCommon Spadefoot toad(コモン・スペードフット・トード)。スペードフットのスペードとは鋤(すき)のことで、かかとが硬い骨質で、これを鋤のように使って地面に穴を掘ります。ときには1mも掘って地下にもぐり、地上にエサを求めて出る夜間や春の繁殖期以外は、ずっと地中で過ごしています。 

日本のカエルの場合、冬眠する時季でも倒木や枯れ葉の下、地中でもそれほど深くないところにもぐり、冬眠から覚めれば土にもぐることはなく地上で活動します。

 カエルを通して日本や世界を再発見することも、「多様性」の理解につながるかもしれません。

 

<関連サイト>

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2021年8月10日 (火)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル 55 「ほっと・ねっと」2021年7月号 2匹の「井手の蛙」

<満開の牡丹の園で再び出会った2匹の「井手の蛙」>

高山ビッキ(100年カエル館)

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森本寛治作品「UTAHIME」

 目も眩むほど無数に描かれた牡丹の花の中で、潜(ひそ)むように跳ねるように佇む2匹の蛙。

 この絵は、愛知県碧南市で創作活動をしている日本画家森本寛治氏の作品「UTAHIME」、140㎝×300㎝の大作です。

 2019年に100年カエル館は、福島県立博物館で「ときめくカエルアート図鑑」展と題して、碧南市でたくさんのカエルを描いた故柴田まさる氏の作品を展示紹介しましたが、森本さんは柴田さんのアーティスト仲間のお一人。同展へも遠路はるばるお越しくださいました。そのときからご自身の創作の中でも蛙を表現してみようと考えられたようでした。

 森本さんの作品に「牡丹」はなくてはならない画題になっていて数多く描いていらっしゃるのですが、そこにぴょんと紛(まぎ)れるように描かれたカジカガエル2匹。アオガエル科のなかまにもかかわらず、黒茶色の体色で、渓流の石の上などでフィフィフィフィーと鳴くカジカガエルは、昔も今も見る人の心を和ませます。

 万葉集が成った奈良時代には「かはづ」と言われ、平安時代以降は「井手の蛙(かはづ)」として、「井手の山吹」とともに歌枕「井手」とつながる歌語として位置づけられていったと考えることができます。

 森本さんは、鎌倉時代に歌論書『無名抄』を著した鴨長明が抱いていた「井手の蛙」のイメージ、「その鳴き声は、心澄みわたり、もののあはれを感じさせる、まるで清流の歌姫のよう」に着想を得てこの作品「UTAHIME」を描きました。

 一方、鑑賞者として私は姉と一緒にこの絵を見て、この2匹の蛙は、今は亡き父と母に違いないと思いました。

 以前家の庭に毎年大振りの花を咲かせる牡丹がありそのひとつに、母は父の名前である「連天(れんてん)」を付けて「連天牡丹」と呼んで愛でていました。

この絵が、大きな花柄のフレアスカートを翻す、ありし日の母のようにも思えて……。この絵に彼岸で父と母が「牡丹の園」で再会できたと確信できました。

 思えば今年は、父の十三回忌、母の七回忌でありました。

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2021年5月23日 (日)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル 53 「ほっと・ねっと」2021年5月号 「コロナ下に柳に跳びつくカエルの教え」

<コロナ下に柳に跳びつくカエルの教え>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 日本の書道の歴史において、平安時代の書の名人を「三筆」とか、「三蹟」とか、はたまた「三生(三聖)」として三人を挙げることがあります。

 その三蹟にも三聖にも名を遺す人に小野道風がいて、よく知られているエピソードに、書が上達しないと悩んでいたときに、柳の木に何度も跳びつこうとしている蛙を見て、不断の努力の大切さを知ったと伝えられています。

 これは史実として書き記された話ではなく、江戸時代に入って浄瑠璃の題材になり、明治になると花札の絵柄になり、昭和期は戦前の教科書にも載るようになって、今に至るまで広く知られるようになった話です。

 そして、カエルグッズにも柳に跳びつく蛙とともに造形された道風の人形や、そこから派生した柳に跳びつく蛙のみを表現した工芸品などは今もたくさん作られています。

 今回掲載しているのは、長野県中野市に伝わる中野土人形の道風人形。もちろん柳に跳びつく蛙も見えます。江戸時代に各地で盛んに作られた土人形の題材にも道風の逸話は好まれたと想像します。

 カエル好きから見た、平安時代のいわばカエルの「三聖」は、平将門、菅原道真、小野道風ではないかと思っています。本連載でも以前、将門公、道真公とのカエルの縁や、そのことが伝わる、それぞれが祭神となった神社などを紹介したことがあります。

 小野道風に関しては、大津市や京都市などに小野道風を祀った神社があります。そして、出身が愛知県春日井市ということで、春日井市には「道風記念館」があり、その蛙との関わりから、毎年4月に「春日井カエルまつり」が開催され、市を挙げて「働き方をカエル、街をカエル、社会をカエル」と、新しい価値を創造するたゆまぬ努力を続けている企業を「春日井カエル企業」として応援しています。

 今年はコロナ禍で、毎年6月に開催される松本かえるまつり(長野県)は昨年に続き中止に、春日井カエルまつりは秋に延期されました。多くのイベント同様、カエルのイベントも開催できない状況が続いていますが、小野道風を励ましたカエルのように、あきらめない心をもって進んでいきたいものです。

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2021年5月 9日 (日)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル 52 「ほっと・ねっと」2021年4月号 「桜の季節に万葉から響く“かはづ”の声」

<桜の季節に万葉から響く「かはづ」の声>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 喜多方の枝垂れ桜は毎年4月の中旬から下旬が見ごろですが、今年の桜前線はいつもより早く北上したようです。

この原稿を書いている4月初旬は奈良県の吉野山の桜が例年より十日早く見ごろを迎えたと新聞報道されていました。

 吉野山といえば、以前毎夏開催される「蛙飛び行事」を紹介したことがありますが、近くを流れる吉野川は、万葉集に三輪川、佐保川などとともに「かはづ」が清流の景物として詠まれています。

 ところで、「カエル=カワヅ」とする考えはいつ頃からあったのでしょうか。

 万葉集で「かはづ」は二十首詠まれ、いずれもカジカガエルを想定していると思われるのですが、「万葉時代にカハヅといわれていたものが、カジカと呼ばれるようになったのは平安朝以後、加茂川の上流や桂川のカジカの鳴き声に親しむようになってから」(東光治著『万葉動物考』「かはづ及びかえる考」より)とも考えられています。

 平安時代前期に編まれた『古今和歌集』の編者紀貫之の「仮名序」にも「かはづ」は登場し、古今集には「かはづ」は「よみ人しらず」の一首、「かはづなくゐでの山吹散りにけり花のさかりにあはましものを」が見られます。

 先述の『万葉動物考』には、今では山間の渓流に棲むカジカガエルも、奈良時代頃までは、河川に人工の手が加えられることが少なく、かなり平坦な流れにも数多く棲み、歌に詠まれることも多かったのではないかと論じています。

 それが平安京の都の整備に伴い、歌を詠む人々の周囲にカジカガエルの棲む自然が少なくなり、一方で平地の水辺に棲むようなトノサマガエルなどが増えた。平安後期以降に描かれたとされる「鳥獣戯画」に出て来るカエルがトノサマガエルであることに繋がるかもしれません。

 平安時代に編纂された『新撰字鏡』『和妙抄』といった辞典類に「カヘル」が出て来ても、「カハヅ」は見られないことから、「カハヅ」は歌語の中に残ったと考えるのが通説のようです。

 写真の「石乗りガエル」は、私が高校の修学旅行で初めて京都に行ったときに苔寺(西芳寺)で買ったものです。渓流の石の上で鳴く「かはづ」のイメージは万葉の昔からずっと日本人の心に響いているのでしょう。

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2021年3月28日 (日)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル 51「ほっと・ねっと」2021年3月号 「春先に初めて出会ったカエルに大切な人を思って」

 春先に初めて出会ったカエルに大切な人を思って>

高山ビッキ(100年カエル館)

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フジモトマイコ作品

 ひとりの女の子と、春に地上によみがえるように現れたカエルとの出会い。

「雨が降るかもしれないからこれを持って行きなさい」

「でも、その傘じゃ私には小さいかも……」

 そんな「かえるモノ語り」の始まりを感じさせる絵が、休館中の100年カエル館に届きました。

 送って下さったのはアーティストの藤本芽子(ふじもとまいこ)さん。

 コラージュやイラストレーション、時には立体で表現される彼女のファンタジックな作品世界は、じっと見ていると、こちらの記憶にあるフォークテイル(民話)が引き出されるような気持ちになります。

 描く対象として「カエル」にもとても親しみを感じられていて、私たちが国際カエル年(2008年)にホテルでのイベントを開催したときに、芽子さんにカエルが登場する作品を出品していただき、100年カエル館にも、彼女のカエルの作品を展示しています。

 芽子さんとの出会いは、お父様に仕事でお世話になっていたことがきっかけです。お父様は作家の故藤本義一氏。100年カエル館を運営する私たちの会社は広告代理業で、藤本先生にはPR誌によくエッセイを執筆していただきました。

 先生は私たちのことを雑誌で「はじめは世の中にはケッタイな姉妹がいるものだと思っていた」(『モノマガジン』1999年「集めるモノ」より)と紹介して下さったことがあります。

 カエルのモノを集めたり、カエルについて調べたりする情熱を、お笑い文化のど真ん中を知る関西人の藤本先生から「ケッタイ」と評されて、益々この道を極めなければと思ったものでした。

 仕事でお会いすると、お嬢さんの芽子さんのことをいつもお話されていたので、この絵を見て冒頭のような父と娘の会話が聞こえた気がしました。

 春先に一番に出会った冬眠明けのカエルに亡き大切な人を思うことがあります。「赤頭巾ちゃん」を見守るようなカエル。父と娘の姿に見えました。

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2021年2月25日 (木)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル㊿「ほっと・ねっと」2021年2月号 「夜櫻蛙が見上げる明治の偉人たち」

<夜櫻蛙が見上げる明治の偉人たち>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 東京・浅草、浅草寺(せんそうじ)境内の一画に、喜多方が生んだ明治の偉人、日本のナイチンゲール、社会福祉の母と呼ばれた瓜生岩子(うりゅういわこ)女史の銅像が設置されています。

 女史はその晩年、日本最初の福祉施設東京養育院の幼童世話係長を務めましたが、その任務を要請したのは、2月から始まったNHKの大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、当時日本の実業界を指導育成し、東京養育院の院長も務めていた渋沢栄一(1840‐1931)でした。

 そして今回掲載している写真は、やはり明治に活躍した日本画家の渡辺省亭(わたなべせいてい)(1851‐1918)が描いた花鳥画を収めた和綴じ本「省亭花鳥画譜」(100年カエル館蔵)の中の「夜櫻蛙」。

 今世紀に入って伊藤若冲や葛飾北斎などの江戸期の絵師、そして河鍋暁斎や柴田是真といった幕末・明治を生きた絵師に焦点を当てた美術展は数多く開催されましたが、今年はこの渡辺省亭が注目されそうです。  

 今ではあまりその名前を知る人は少なく忘れられた存在になっていたようですが、今年は3月から5月にかけて東京藝術大学美術館(東京・上野公園)を皮切りに巡回展が開催されます。

 この画人を語る上で特筆すべきは、日本の画家として初めて渡欧し2年間パリに滞在して、印象派の画家、ドガやマネと交流したことでしょう。

 若い頃に江戸の絵師として修業し身に着けた技と美意識は、パリで出会った油絵の技法を取り入れることで、日本美術史上類例を見ない絵画表現に達したと評されています。

 省亭の作品が海外で初めて評価されたのは1878年のパリ万博でしたが、その約10年前の幕末、パリ万博使節団として渡仏したのは若き日の渋沢栄一でした。

 フランスから帰国した省亭は結婚し浅草に住み、浅草で没しました。

 今回は省亭のカエルの絵に、幕末から明治へという大きな時代変化をそれぞれ独自の道を歩みながら、どこかに接点をもっていた3人の偉人に思いを馳せてみました。

 毎年「さくらまつり」で賑わう喜多方。今年はコロナ下でいつも通りに見られるかどうかまだわかりませんが、できれば夜桜をこのカエルのように希望をもって見上げたいものです。

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2021年1月24日 (日)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル㊾「ほっと・ねっと」2021年1月号 走り出した2021年と今年の100年カエル館 

<走り出した2021年と今年の100年カエル館>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 令和3年1月3日、第97回箱根駅伝の復路10区では、100年カエル館が所在する福島県喜多方市で、また全国の喜多方出身の人々の間では、テレビ等の画面に向かって力強い声援が飛び交ったと思います。

 東洋大学のアンカーが喜多方高校出身の清野太雅選手で、その総合3位を守り抜く走りに興奮しました。

 ここに掲載している画像のカエルは、バリ島のウッドカービングのドアストッパーですが、駅伝選手の走りに見立てて紹介させていただいています。

 東洋大学といえば、その創立者の井上円了(えんりょう)(1858ー1919)が昨今、静かに再注目されているように思います。

 円了はすべての学びの基礎に哲学をおき、創設した哲学館が現在の東洋大学になりました。

 その幅広い学術的興味の分野は「妖怪」を合理的・実証的に研究したことで「妖怪博士」と言われ、全国、国外を講演旅行し哲学や妖怪の話をしてまわり、その旅行記や講義録を多数遺しています。

 21世紀に入り、鬼やアマビエをはじめ妖怪に関心が高まり、円了が大学教育を一般に広めるために講演や講義録の発行に尽力したことは、最近の生涯教育や通信教育につながるもので、その先見性が再評価されています。

 東京・中野区に円了が建設した、ソクラテス、カント、孔子、釈迦を祀った「四聖堂」を中心に、円了が理想とした哲学の世界を建築物と四季の花々とともに、散策するだけでその教えに触れられる「哲学堂公園」があります。

 正面口から入れば一番奥の方にカエルの像も見られます。

 旅を友として生きた円了は、「観月」も趣味のひとつにし、その旅行記に「月の形状や様子、自らが抱いた感想等を記していました」(堀雅通「円了旅行記にみる月の描写・記述について」より)。

 その中には時に読経のように、時にかまびすしく聞こえる蛙の声の描写もありました。

 スタートを切った2021年。箱根駅伝では東洋大学の選手たちの走りを円了先生も応援していたのではないでしょうか。

 コロナ禍の収束がまだ見えないなか、100年カエル館は今年も休館させていただきます。来年は再開できるように準備して参りますので、本年もよろしくお願いいたします。

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2021年1月 2日 (土)

100年カエル館より新年のご挨拶を申し上げます

2021

あけましておめでとうございます

本年もどうそよろしくお願いいたします

 

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2020年12月25日 (金)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル㊽「ほっと・ねっと」2020年12月号 来年は丑年、「ウシとカエル」の寓話に願いを込めて。

<来年は丑年、「ウシとカエル」の寓話に願いを込めて。>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 ウィンタースポーツの季節到来。社会人になってから出会った人に「会津出身です」と告げると、「じゃあスキーは上手でしょうね」と返されることがあったのですが、小中学校のスキー大会のときはもっぱらソリにお世話になっていました。

 スキーが得意だった同級生の「直ちゃん」は、大人になって再会したときご家族とフランスで暮らしていました。

 ちょうど100年カエル館は「カエルタイムズ」の創刊の準備をしていたので、彼女に何かフランスらしいカエルの話を書いてもらおうとエッセイをお願いしたことがあります。

 パリから届いた原稿は、ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ(16211695)による、ウシとカエルが登場する寓話について。その暗唱の宿題をしているお子さんの様子を綴り、彼女自身も子どもの頃習ったことを思い出していました。

 その寓話では、牛のように大きくなりたがった蛙が、自分もお腹を膨らませればなれると思い、これでもかこれでもかと膨らませているうちに「パアーン!」と破裂してしまいます。

 ラ・フォンテーヌが幼い頃のルイ14世のために創作した寓話で、「外見ばかり気にしていると身を滅ぼすことになる」譬(たと)えとして今もフランスの子どもたちに伝えられているそうです。

 ラ・フォンテーヌはイソップ寓話を基に創作したことで知られ、このウシとカエルの話もイソップ物語の「自分を膨らませる蟾蜍(ひきがえる)」が基になっています。

 紀元前より伝わるイソップ寓話は、日本にも「伊曾保物語」として江戸期に入る前後から宣教師によってもたらされています。解釈はさまざまにできたとしても国際的に共通する道徳教育のベースになっていると言えるかもしれません。

 その中には「蛙」が登場する話も他に「王様を欲しがる蛙」「兎と蛙」「鼠と蛙」など数点あり、おっちょこちょいでうっかり者のカエルを、訳知りのカエル、もしくは他の動物が戒める話を読むことができます。

 古今東西カエルは人間っぽい感じが身近な存在として表現されてきたのでしょう。

 来年は丑(うし)年ですので、イソップ物語を思わせるカエルの置物に運動不足を戒めるなど、健やかに暮らす努力をしたいと思います。 

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2020年11月27日 (金)

かえるモノ語り―自然と文化をつなぐカエル㊼「ほっと・ねっと」2020年11月号 人々もカエルも宝満山に向かう理由

 人々もカエルも宝満山に向かう理由>

高山ビッキ(100年カエル館)

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 コロナ禍にあって、空前の大ヒットとなっているアニメ映画『鬼滅の刃』。社会現象ともいわれるなか、主人公の名字と同じということで参拝者が増えている竈門(かまど)神社は、福岡県太宰府市の宝満山(ほうまんざん)(山頂に上宮、麓(ふもと)に下宮)にあります。

 そしてこの秋、もうひとつ話題になった、宝満山に見られる現象があります。829mのこの山の山頂をめざして登る1万~10万匹ともいわれるヒキガエルが太宰府市の市民遺産になったのです。

 麓の池で産卵したカエルの子どもたちが、オタマジャクシからカエルになって上陸して向かう先が宝満山の山頂。新聞報道等によれば、ここ10年ほどで確認されるようになった現象だそうです。

 諺(ことわざ)では向こう見ずな人たちの集まりのことを「カエルの行列」といいますが、行列をつくらないまでも、最近では毎年5月頃からこのカエルの集団移動が見られ、最終的には100から1000匹が約2ヶ月後に山頂に到達するのだとか。その山頂で大人に成長したヒキガエルは、数年後、麓の池に再び「無事かえる」ことができれば繁殖行動が可能になります。

 このようなヒキガエルの山登りは、専門家の方に伺ってもあまり報告のない事例のようです。修験道の修業の場としても知られる宝満山のこと、ヒキガエルたちも大人になるための修業を試みているのではないかと思えるほど。

 そして、太宰府といえば天神様、菅原道真。道真が大宰府で他界した後、その亡骸(なきがら)を引いている牛が急に動かなくなった場所がその墓所に定められた逸話があります。

 牛が天神様の使いとされる由来譚(ゆらいだん)ですが、カエル好きとしてはついついカエルと道真公を結びつけたくなり、磐梯山噴火記念館にもレプリカがある、紀元前の中国の科学者、張衡の地震計には蛙の造形が見られ、道真も興味をもっていたこと、道真を祀る全国の天満宮の建築の意匠に見られる蝦蟇(がま)仙人の彫刻など、道真と縁のあるカエルの遺物について紹介することがあります。

この秋、太宰府市の市民遺産になったヒキガエルが宝満山を登る理由は、きっと天神様を慕ってのことではないかと想像したくなります。

※画像では牛がシンボルの天神様に因んでウシガエルの置物をご覧いただいています。

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